不幸にも刑事事件の被害者,つまり犯罪被害者となってしまった場合,当然のことながら,その損害を加害者に賠償するよう請求する権利を得ます。

そして,これは刑事事件の進捗や結論とは,理論的に無関係です。刑事事件は,犯人(であると疑われた者)と国家との間の問題です。被害者との関係は,賠償責任が問題になります。
つまり,国家は犯人に処罰を求める一方で,被害者は賠償を求める,というのが法的な整理になります

ところで犯罪被害者は,賠償請求を自分からしなくても,加害者側から示談を申し入れられることがあります。これにはどんな意味があり,どんなポイントを把握して対応をすべきなのでしょうか

まとめ

①犯罪被害者は,加害者に対して,生じた損害を賠償するよう請求出来る。
②①は,刑事事件とは直接の関係はない。刑事事件の終結前後,いつでも(賠償請求権の時効にかかるまで)できる。
③加害者が示談を申し入れるのは,刑事処分を軽くすることが,主な目的である。
④加害者の刑事処分は,軽い方から順に,(1)示談が成立する,(2)示談の申入れをしたが被害者に断られる,(3)申入れをしたが被害者が弁護人と会うことを拒否する,(4)示談の申入れをしない,となる傾向がある。

1.刑事処分と賠償請求の関係

刑事処分は,国家が加害者に行うことです。その内容は懲役や罰金といった刑事罰です。
一方で,賠償請求は,被害者が加害者に請求するものです。その内容は金銭で行うことが原則です。
したがって,両者は,法的理論的には,全く別の手続きです。刑事処分は国家が行いますが,賠償請求は民事事件ですので,被害者が自分で行わなければなりません。

両者は別の手続きである以上,一方が一方に先行しても問題ありません。並行してもいいですし,刑事処分のずっと後で行うことも(時効にかかっていないなら)可能
です。

2.刑事処分と示談の関係

原則は1の通りですが,実際には刑事処分と並行して民事事件である賠償問題についても解決が図られることが多いです。
それがいわゆる示談というもので,これは,一種の契約です。この契約は,概ね「加害者は一定の金額を被害者に賠償する。その代わり,被害者は,加害者の刑事処分を求めない(又は,「許す」ということもある。)。」という内容です。
示談は,基本的に加害者が被害者に,そして多くの場合は,被害者は加害者と直接連絡を取りたがらないので,加害者は弁護人を代理人に立てて,検察官を経由して被害者の意向を確認し,被害者がよしとするのであれば,加害者代理人である弁護人と被害者との間で,交渉がもたれることになります。

3.示談の実情

示談は,刑事処分において非常に重要です。暴行,傷害,痴漢犯罪などは,個人の権利利益を保護するものです。ですから,その被害者が,賠償を受けて納得するのであれば,特に処罰をする必要性は薄れるからです。
示談を行った場合は,刑事処分はかなり軽くなる傾向がある,ということです。

したがって示談においては,通常,民事裁判で認められるであろう賠償金より,高額な示談金で解決がされることが多い(もちろん,事情や加害者の経済力にもよります。)です。
加害者からすれば刑事処分で,たとえば罰金刑を受けるのであれば,その分を上乗せしても,前科が付かない分だけメリットがあるので,「裁判における賠償の相場」より上乗せをする動機もあるわけです。

4.被害者として,頭に入れておくべきこと

まず,第一に,示談は理論的には,いつでもできるし,しなくてもいいということです。示談出来なくても,賠償請求はできます。

第二に,被害回復(端的にいえば,より高額な賠償金)を求めるのであれば,刑事処分「前」に示談をするべき,ということになります。3で述べたように刑事処分が軽くなるので,加害者側に大きなインセンティブがあるからです。

第三に,もし,刑事処分前に示談ができなかった場合,おそらく示談は困難になること,金額も数分の一になる,あるいは実質的に賠償を受けることができなくなるリスクが高い,ということです。加害者のインセンティブがなくなりますし,そうであれば,裁判で認められた法的に必要な金額だけ賠償すればいい,という態度を取りかねないからです。
さらに,示談を加害者から申し込まれる場合とことなり,自分で請求手続きを行わないといけないとなれば,数十万円程度の被害額の場合,弁護士費用倒れとなり,実質的に被害回復が不可能になりかねません

第四に,検察官等を通じて,示談の打診があった場合,話し合いに応じてしまうと,結果的に示談が不成立,つまり1円の賠償も受け取らなかったとしても,加害者にとって,有利な事情になってしまうという点です。特に,金額で折り合いが付かなかった場合が顕著です。
私も経験があるのですが,当方としては,必要十分以上の金額を提案しているが,被害者側はそれ以上を望んだ場合,経緯を検察官に報告し,その点を有利に考慮してもらって,示談不成立なのに不起訴等有利な処分となったケースがいくつかありました。なお,その後,被害者が「やっぱり,さっきの金額でもいいよ」といっても,弁護人の任務を離れているので,被害者が賠償を得ることができなかった,という結論になります。