弁護士 深澤諭史のブログ

弁護士 深澤諭史(第二東京弁護士会 所属)のブログです。 相談等の問い合わせは,氏名住所を明記の上 i@atlaw.jp もしくは 03-6435-9560 までお願いします。 Twitterのまとめや,友人知人の寄稿なども掲載する予定です。

タグ:本人訴訟


少し、反響のあったツイートですので、このトピックについて解説します。
本人訴訟の危険性については、いろいろな法曹が解説しています。私において、これに付け加えることはほとんどありません。ですから、ここでは一般的なことは語りません。

取り扱い分野の関係で、名誉棄損事件、特にインターネットを利用した名誉毀損案件については相談を受けることが非常に多いので、この分野に絞って解説します

インターネット上での名誉棄損事件については、表現者側、被害者側(なお、念のため、ここでは必ずしも違法行為の被害者という趣旨ではなくて、違法行為の被害を受けたと主張している者、という意味で用いています。)、いずれでもよく相談を受けることがあります。

経験上、本人訴訟の罠にはまってしまっているというケースが珍しくありません
もちろん本人訴訟のリスクは、名誉棄損事件に固有ではありません。ですが、他の種類の案件と比べて、ネット名誉棄損案件においては、本人訴訟のリスクは特に高いと感じています。

その理由ですが、名誉棄損訴訟における構造や特性が原因ではないかと思っています。

大きく分けて、正しいという確信の強さがもたらす誤解、そして自分は詳しいから大丈夫という誤解の2つに分けられると思います。

まず、一つ目ですが、これは、他の紛争についてもある程度共通しますが、次のようなことが言えます。

紛争にはいろんなものがありますが、多かれ少なかれ、みんな自分のほうが正しいと思っています。そうでなければ、紛争が裁判所やあるいは専門家の手に持ち込まれる前に解決している、あるいは紛争にすらなっていないからです。

しかしながら、この自分が正しいと思う気持ちにはそれなりに濃淡があります。
例えば交通事故においては、自分も少し過失があるとかそういった点について、一部の事実や評価については争わないケースもあります。
また、単にお金を貸したので返してくれ、というような案件であっても、この貸金は、ある程度返ってこないということを見込んでいた、そういうリスクも承知していた、ということで、すぐに返してくれるなら全額でなくてもいいとかそういう形式で和解がなされるということも、ありえます(もちろん、経済力や執行の難しさの影響も大きいです。)。

紛争というのはお互いが正しいと思ってはいますが、自分が100%正しいであるとかそこまで信じてるという案件ばかりではありません

しかしながら名誉棄損事件においては、少し異なります。
特に表現をした、投稿した側からすれば、その時点で、ほとんどの場合は自分の投稿がその対象になった人の名誉を傷つける、社会的評価を低下させる、そこまでいかなくても、相手はいい思いは、しないであろうという事は自覚しています。
もちろん、まさかここまで大事になるとは知らなかった、思わなかった、ということに珍しくありません。ですが、少なくとも自分の投稿を読んで相手方は気分を悪くするだろうということ、そしてそれが公開されている以上は、その人に対する評価が低下するであろうという事は皆さん、程度の差はありますが承知の上で投稿しています

そうすると、そういうことをしながらあえて投稿している以上は、そういう投稿をしてもよいと思っている、許されると思っている、ということがあります
名誉棄損事件の投稿者側としては、相手に被害を与えても自分の行為は正当化されると考えているケースが多いのです(また、実際問題として、特にインターネット上の表現においては、結果的に相手方の名誉を毀損するということになっても適法であるとか、あるいは法的な責任を問われる程度に至っていないという判断がされることも珍しくありません。そういうわけで、こう思ってしまうことも、仕方がないと言う側面もあります。)。

一方で、インターネット上の名誉棄損事件における被害者の被害感情は、かなり厳しいものがあります。他の事件類型と比べても、かなり被害感情が強いということを感じています。
インターネット上で名誉棄損されて、それで専門家に相談をする人は、やはりかなり被害感情が激しい人に限られるというのも影響してるのではないか、と思います。
このように、インターネット上の名誉毀損案件においては、お互いにお互いが正しいと思っており、かつ、その感情的対立が厳しい、ということが(もちろん、当然ながら他の事件でもありえますが、類型的に傾向が強い。)特徴であります。

そうすると、裁判は正しい者が勝つ、そして自分は絶対に正しい、だから自分は絶対に勝つ、そうでなければおかしい(だから、留保をつける助言をする専門家の言うことは信用できないに決まっていると思い込む。)、ということになります。

絶対に勝って当然であれば、わざわざコストを費やして、弁護士に依頼するまでもない、あるいは弁護士に相談するまでもない、俺は絶対に勝つともう決まっているんだから、という考えに嵌ります。

本人訴訟共通に見られる見られる現象ですが、インターネット上の名誉棄損訴訟においては、この点は特に顕著です。

次に、第2の点ですが、インターネット上の名誉棄損は、なんらかの議論の過程、問題点、トピックに関する議論や意見表明の過程で行われることが多いです(政治上の問題や、芸能活動をしている者への評価、同人創作活動などがありますが、これらに限られません。)。
そうすると「問題のトピック」についてよく知っている、自分は非常に詳しい方であると自認している、だからこそ、自分で充分に自分の正当性を裁判所で主張立証できると誤解してしまっているということが多くあります。

これが例えば交通事故であれば、専門的な鑑定などが必要とされる、専門知識が必要である、ということから弁護士に相談する依頼するという選択肢も現実的に出てきます。
ですが、インターネット上の名誉毀損においては、以上のような「俺は詳しいんだぞ」という気持ちが邪魔をして、相談に至らない、相談時点で手遅れというケースも少なくありません。

インターネットの名誉毀損は、通常の流れでは、最初に発信者情報開示請求に関する意見照会書が届き、開示後に、裁判外で請求が来て、それで交渉してまとまらなければ訴訟、場合によって刑事事件についても並行する、という流れになります
この時、照会書が来た時点で適切に対応していれば何らの責任も追及されなかったのに、あるいは、その程度は低くても大丈夫だったのに、わざわざ先行して自白するようなことをしてしまってズルズルと状況が悪くなってしまう、最終的に開示になった、あるいは請求され、訴訟を起こされた時点で相談に来るというケースもそれなりにあります。
ただ残念ながら、遅くなったというだけではなく、自分で先行して自白する(特に、発信者情報開示請求に関する意見照会書に対する回答書で、これをやってしまう人が非常に多いです。)など、不利な内容を含む書面を(知らずに)提出してしまった後ですと、なかなかリカバリーをそこからすることは簡単ではありません

特に、インターネットを色々と見てみると、インターネット上の名誉棄損トラブルについては、本人訴訟になってしまったという事例をよく見ます。
取り返しのつかないことになる前に、そしてなによりも、腹が立つ相手に(必要以上に)大負けに負けて、悔しい思いをしてしまわないうちに、早めに弁護士に相談するということをお勧めします

最近は、私もそうですが、電話での無料相談なども受け付けている弁護士などもありますので、検討してみると良いでしょう、相談したからといって、絶対に依頼する義務などあるわけはないのですから。

本人訴訟について色々言われていますが、実務上の取り扱いは、以下の様なものですね。

 

本人訴訟のリスクについては、いろいろと裁判官や弁護士が指摘しているところです。

そして、本人訴訟に臨む人の多くは、インターネットで情報を集めて臨んでいます。
そうすると、当然、本人訴訟はリスクがある、と専門家である法曹が口を揃えていっている、という情報についても目にしているはずです。
それにもかかわらず、なぜ、人は本人訴訟を選んでしまうことが多いのでしょうか。

これは、別に専門家の話を聞かないとか、判断が間違っているとか、そういう問題ではないのではないか、と思います。それは紛争がもたらす認知の歪みといったものが関わっているのではないかと思います。

すなわち、紛争、特に裁判所まで持ち込まれるような紛争案件というのは、例外(欠席裁判とか、争いがないけれども、債務名義だけ欲しい案件とか)を除けば、基本的には、双方が双方とも自分が正しい、自分の言い分が通るはず(通って当然)だと思っているという事件がほとんどです。

そうすると、自分が正しいと信じている人から見れば、裁判所は正しい方を勝たせてくれるはずだ、そうであれば、わざわざ弁護士の協力を得る必要は無い、というような発想に至ります。
また、そこまでいかないにしても、自分が正しいと言う確信があればあるほど、裁判には勝てるはずだという確信が強まります。
そうすると、絶対に正しい自分が勝つはずの裁判だから、これは簡単な裁判のはずである。簡単な裁判だから、わざわざ弁護士に頼む必要は無い。というような思考にも陥りがちです。

しかしながら、それは、正しくありません。
裁判というのは、民事訴訟法その他の手続法により規律されている、ルールのある手続きであり、勝負です。どんなに体力がある、運動神経が優れている人間であっても、スポーツのルールを知らずして、そのスポーツに勝つことはできません。裁判においても同じことがいえます
サッカーの試合でバットでサッカーボールを打って反則を取られて審判に「審判は不公平だ。俺をいじめている。この裁判官は影の陰謀団の一味だ」などという人はいません。ですが、本人訴訟では、こういう言説は珍しくありません

また、自分の正しさであるとかそういったものは、ルールのある手続きにおいてはそれだけでは絶対的な意味を持ちません。
何も悪いことをしていなくても病気になってしまうことがあります。だからといって、俺は何も悪いことをしていないから病気になるはずはない、だからわざわざ医者にかかる必要もない、などと思う人はいません。しかし、裁判手続き、紛争においては、そのように考える人が少なくありません。

特に、相手が応じて当然の請求なのに拒否されたので裁判をしたというケースでは、だから絶対に誰でも勝訴するはずと誤解し、または無茶苦茶な裁判を起こされたと自分が思っているケースにおいては、こんな無茶苦茶な裁判はスラップ訴訟だなどとと思って、ついつい弁護士をつけなくても大丈夫などと誤解をしてしまいがちです。
 
これはどんな人にとってもいえることなのですが、紛争の渦中にいると、ついつい感情的になってしまいます。そうすると、冷静でそして自分にとって有利で合理的な判断ができなくなります。
せめて、本人訴訟する前に、資格を有する弁護士や認定司法書士(金額が算定可能でかつ140万円までの紛争については、裁判内外で代理し、あるいは専門的判断に基づく書面の作成などが可能です。)に相談をして、見通しなどを相談しておくべきでしょう。
また、本人訴訟のやり方を聞くと言うのも結構ですが、それ以前に、本人訴訟でちゃんとそれが解決できるかどうかについてもしっかりと聞いておくことが必要です。



最近は減ってきましたが、今でも、たまにこういうことがあります。

これはやむを得ない面もあります。
昔、病気は天罰である、というような考えがありました。
今では、病気は天罰ではない、という認識が一般的になっています。
病気は天罰である、ということを前提にすれば、医学的な治療をしたり予防をしたりする必要はない、ということになります。天罰にあわないように正しく生きていればよい、ということになるでしょう。
ですが、現在、そういう考えを持っている人はほとんどいません。

一方で、法律問題については、「正しい」のであれば大丈夫である、と思う傾向がまだまだ残っています。
ですから、「正しい(と信じている)」自分は、専門家に頼まなくてもよい、そのままで思い通りになるに違いない、という誤解から、上記のようなことが起きてしまうのではないか、と思っています。 

本人訴訟とは、弁護士をつけない訴訟のことをいいます。要するに、代理人なしで自分でする訴訟です。

本人訴訟におけるリスクは非常に多岐に渡りますが、特に強調しておきたいのは、答弁書(あるいは、その後に続く準備書面)のリスクです。

裁判の事実認定は証拠に基づきます。その証拠には、客観証拠、つまり物的証拠だけではなくて、人の言葉、供述証拠も含まれます。紛争当事者すなわち原告や被告の供述も含まれます。

もちろん、本人の供述であれば、自分に都合のいいことを言うので、必ずしも信用されません。

ですが、例外があります。それは、自分にとって不利な供述です。
有利な嘘はつくことがあっても不利な嘘はつくことがないという経験則つまりは常識があります。
ですから、当事者が、自分に不利なことをいった場合は、基本的にはそれが信用されます。 

そういうわけで、裁判においては、自分に不利な主張をしないことが重要です。これは、自分に有利な主張をすることと同じか、あるいは、それ以上に重要なことです。 

ところが、相手方が本人訴訟の案件、あるいは、現に本人訴訟をしている方々の相談を受けると、本人訴訟においては、少なからず、というより非常に多くの方々が、わざわざ自分に不利な主張をする、不利な内容の答弁書をはじめとする書面を出しているケースが散見されます本人訴訟において、しばしば、その「本人」は、相手方にとっての最強の弁護士です(!)

本人訴訟を推奨するつもりはありませんが、もし、するのであれば、少なくとも弁護士の相談を受けるべきでしょう
自分がいつもの気分で書いた書面を、裁判所に提出すると、取り返しのつかないことにもなりかねません。 

↑このページのトップヘ