弁護士 深澤諭史のブログ

弁護士 深澤諭史(第二東京弁護士会 所属)のブログです。 相談等の問い合わせは, i@atlaw.jp もしくは 03-6435-9560 までお願いします。 Twitterのまとめや,友人知人の寄稿なども掲載する予定です。

タグ:弁護士広告

最近、かなり多くの問い合わせ、ご相談を頂戴しています。
ですが、中には、専門外であるとか、事案の性質上、すぐそばの地元の弁護士に依頼した方が費用対効果がある、ということで、方針や見通しの提案はするけれども、承れない事件というのもそれなりにあります。もっとも、私の重点分野であるインターネットやコンピュータ関係の案件については、極力受任しています。

専門外、あるいは地元の弁護士に依頼したほうがよさそうということで案内をすると、弁護士の選び方を尋ねられるのですが、なかなか難しい問題です。ひょっとしたら、事件本体に関する相談よりも難問かもしれません。
ただ、ここで何も答えないのも無責任です。また、これまでたくさん答えてきた、そして疑問、不安に思う方も多いわけですから、これを相談時にしかいわない、秘密にしておくのもすこし不親切です。

そこで、弁護士業務広告について調査研究し、いろいろなところで公式非公式問わずに、弁護士と広告、選び方などの問題に触れてきた経験を生かし、ここらで考えをまとめておくべきかと思い、以下の通りまとめました

以下にいくつかの、特に弁護士を初めて選ぶ方でも使えるチェックポイント、要点を列挙してあります
これらは全くの私見ですが、以上のような情報に基づき、それなりに根拠があるし、概ね同じ意見の弁護士も少なくないと思います。
実際に相談時に案内することですが、「他の弁護士も同じようなことを言っていました」といわれたことは何度もあります。

1.第一に重視すべきは弁護士との相性だがこれだけに頼ると危ない

一番に重視すべきは弁護士との相性です。

弁護士に依頼する事件というのは、基本的には弁護士と二人三脚で進めないといけない、という側面があります。
書面や主張は弁護士が組み立てるとしても、それには、依頼者からの聞き取りが必要です。また、意向を踏まえて方針を立てる必要もあります。
弁護士がプロとして法的に最善と思っていても、依頼者にとってはそうではないかもしれません。その齟齬が誤解に基づくのか、それとも意思疎通が不十分なのか、あるいは、あえて意向に沿うべきなのか、難しい問題があります。

依頼者と弁護士との関係がうまくいかないことほど怖いことはありません。依頼者が弁護士に意向を伝えること、あるいは弁護士が情報を提供し、提案することを躊躇してよいことは、一つもありません。
そういうわけで、「相性」は大事です。

もっとも、こればかりに気を使うと思わぬ落とし穴に嵌ります。残念ながら、弁護士の中には、「依頼者に相談時に喜んでもらう」ことに全てのリソースを振っている者もいます。そうすると、人当たりはいい、相談をしていい気分にはなるけれども、実際に仕事はろくにしてくれない、しかも(こういう弁護士は、広告費も大抵は高いので)費用も高い、ということになりかねません。
ですから、やたらに人当たりがいい、こっちを「喜ばせる」ことばかりいう弁護士には、特に広告宣伝が派手な場合には要注意です。

2.返事が早いのは重要だが、タイムラップを競うべきではないし手遅れなことも多い

相談も依頼も、極論をすれば弁護士にとっては、他人事です。
となると、いくら共感をする振る舞いをしていたとしても、本当はどこまでわかっているのか、究極的には相談者・依頼者も、そして弁護士自身にだってわかりません。

ただ、弁護士に相談するということは、不安だからするわけです。これは間違いはないでしょう。
そうであれば、一刻も早くも返事をする、そして不安を取り除くのが、弁護士としての配慮というものです。
ですから、返事の早さというのは、弁護士がどれだけ早くに不安解消をすることを重視しているか、弁護士が相談者にどれだけ寄り添えているか、という基準になると思います。

もっとも、弁護士は相談対応だけではなくて、受任した事件の処理、法廷、打ち合わせ、会務、移動、そして休息も必要です。
ですから、1時間より30分での返事の方が偉いとか、1日でないとだめとか、そういう機械的なことはいえません

また、厄介なのが、特に刑事事件に注力している弁護士でよく耳にするのですが、受任まではちゃんと返事するのに、した途端に、返事が遅い、来ない、それを問い合わせると、「私からの返事がないのであれば、何度も連絡してほしい。」などと言われるなど(信じられないですが、そういう弁護士も残念ながらいます。)、そういうこともあることです。

ですから、このポイントは手遅れになることも多いです。受任後に返事が遅いのであれば、弁護士の切り替えも検討してもいいかもしれませんが。

3.「強い」は自称なので判断材料ではなく「きっかけ」に。そして「専門」と自称するのは要注意

「〇〇に強い弁護士」というのは、よくある宣伝文句ですが、これは自称です。
ですから、こう書いてあるからといって、本当に優れているとは限りません。むしろ、わざわざ「強い」「強い」「強い」と連呼している弁護士は、やや信用性に疑義が生じることもあろうかと思います。
もっとも、全く無意味な言葉ではなくて、5でいうような判断の「きっかけ」にはなります。

また、「専門」という言葉があった場合は、要注意です。
弁護士広告には、厳しい規制があります。この「専門」という言葉は、それ自体が直ちに禁止される言葉ではないですが、差し控えるべきとされています。
その理由は、弁護士には医師のような専門認定制度がない、一方で市民は専門分野について知りたがっている、ということで、自称し放題であり、誤解、誤導を生じやすいからであると説明されています。
こういう言葉が踊っている場合、もちろん、専門と自称してもふさわしい弁護士はいるでしょうが(ただし、そういう弁護士は、往々にして専門と自称しないことが多いです。)、誤解を招きやすいと言われながらも使っているということ、つまり「市民を誤解させる広告をしてもよいと思っている」との疑いを生じさせます

悪いことばかり書きましたが、「専門」はともかく、「強い」という言葉を使っている場合、その種の事件について集客をしている、だから経験件数が多い、という期待もできます。こういうプラスもありますが、注意点もあるということは留意をしてください。

4.専門家向けの著作・論文は、決定的ではないが判断材料になる

ネットで広告をしている弁護士は、基本的には、プロフィールを載せています。
その中で、専門家(弁護士)向けの著作や論文がある場合は、少なくともその分野については、相当の専門性はあるとの推定を働かせてもいいでしょう。

専門家向けの著作は、同業者に向けるものですが、同業者にとって有益な内容でなければいけません。有益な内容とは、その分野について、一般のつまり平均的な弁護士では知らない内容を多数含むことが必要です。また、専門家向けである以上、厳しい検証に耐える正確性、品質が必要です。

したがって、専門家向けの著作がある場合、その分野について網羅的な知識、技術があり、かつ、その水準は、平均的な弁護士を超えるものであるとの推定を働かせることができます。
また、その分野外であっても、一分野について専門性を獲得する程度の研鑽を積んでいるのであれば、他分野についても、一応は比較的優れているであろう推定を働かせることができるでしょう。

一方、逆に、一般市民向けの著作等については、以上のような推定を働かせるのは難しいでしょう。なぜなら、弁護士であれば、基本的に一般市民より法律分野に詳しいわけですから、一般向けの著作に書くような内容であれば、並みの弁護士でも作成できるからです。もっとも、一般ウケする、わかりやすい、面白く書く技術は必要ですし、そういう技術も大事ですが、直ちに弁護士としての技術の高さを推認させるものではありません。

さらに、気をつけないといけないのは、専門家向けの著作や論文がなくても、その弁護士が専門と言える程度、あるいはそれ以上に優れているということも珍しくない、ということです。
特定分野についてめざましく活躍し、成果を挙げていても、事案の性質や弁護士の考えにより、その分野の著作や論文がないケースは珍しくありません。あれば、プラスの方向の推定ですが、ないことは、必ずしもマイナスではない(ただし5の場合に注意)ことに留意が必要です。

5.「強い」「専門」「特化」を連呼しながらも専門家向けの著作・論文がない場合は注意

3で「強い」は鵜呑みにできない、「専門」は要注意という話をしました。
また4で、専門家向けの著作等があればプラスに考えてもいいが、ないことをマイナスに考えることはできない、ということを話しました。

もっとも、「強い」「専門」「特化」を連呼したり、広告宣伝を積極的にしているにもかかわらず、専門家向けの著作等がない場合は、注意が必要です
というのも、専門家向けの著作等は、広告効果がありますから、広告宣伝を積極的にしているのであれば、弁護士は積極的に執筆しようとするはずです。
それにもかかわらず、それがないということは、自分は専門である、強いなどの広告の派手なアピールとは反対に、真実は執筆できる程度の域に達していない、ということが推定できます。

実際に、経験上も、いわゆるハリボタ弁護士は、宣伝広告が派手なわりに、専門の著作等がないパターンがかなり多い(というかほとんど)だったりという印象です。実際に、ここではかけないくらい、依頼者にとって気の毒な話を聞いています。
派手な広告が悪いとはいいませんが(悪いという弁護士はいますけれども、私は、むしろ、親しみや安心感を持たせることは大事だと思っています。)、内実が伴っているかどうかは、意外とこの点で分かったりします。


以上は、全くの私見ではあります。ただ、私見なりに、普段の業務、セミナーの質疑応答、弁護士会の活動などで得た知見を根拠にしたものでもあります。

この辺りについては、一家言ある弁護士も多いと思いますので、いろんな弁護士の話を聞いてみるのもいいと思います。


弁護士広告、特に振興事務所のそれは、賛否両論、あるいは厳しい目が向けられています。
でも、確実に救われた命は、すくなくはないのではないか、と思います。

もちろん、広告重視の法律事務所の事件処理には、問題のあるケースもあるでしょうが。。。 

弁護士広告は、度々問題になります。

大手弁護士法人が景表法違反で摘発され、業務停止の処分を受けたというニュースも記憶に新しいところです。

弁護士広告は、景表法など一般の法律による規制を受けるだけではなくて、弁護士の業務広告に関する規程というものにより、更に厳重な規制に服しています。

では、なぜ、弁護士広告はこのように厳しい規制に服しているのでしょうか。
それは、もちろんその必要があるからです。では、その必要がある理由はどこにあるのでしょうか。

かなりざっくりした話ですが、すこし語ってみようと思います。

1.弁護士と利用者との間には情報格差が大きいから
誇大広告であっても、その誇大さを正しく判断できれば問題はないはずです。
ですが、弁護士と利用者との間には、非常に大きな情報格差があります。
法律実務というのは、法律知識だけで成立しているものではありません。実務上の細かなルールや、技術、そういったものが集約されて、はじめて成立しています。
これを身につけるには、相当の期間が必要ですし、必然的に、その良さや悪さを判断することができるようになるためにも、同じくらいの時間がかかるでしょう。
そうすると、情報格差を利用すれば、安易に「騙す」とまではいかないまでも、誤解をさせることは可能です。実際に、借金問題や、不貞慰謝料、交通事故被害者側、刑事事件などにおいて、これを悪用しているのではないかと疑われる広告も散見されます。

2.利用者は切羽詰まっているから
利用者が弁護士を利用するときは、切羽詰まっています。
充分な判断時間もありません。特に刑事事件においては顕著です。
そうなると、簡単に広告で誤導が出来てしまいます。ですから、厳しい規制が必要であるといえます。

3.弁護士は高度の信用がないと成り立たない職業のため
弁護士は、高度の信用がないと成り立たない職業です。
もちろん、どんな職業でもそうでしょうが、弁護士は非常にそれが顕著です。
弁護士は、取り返しの付かない、依頼者の重大な権利義務を左右する決断をし、あるいは、その決断をする人をサポートします。さらに、依頼者から大金を預かることもあります。
そして、依頼者だけではなくて、相手方つまり敵からも信用される必要があります
典型的なのが、刑事事件における示談交渉です。通常、刑事事件の示談交渉は、加害者の弁護人が検察官に連絡をし、示談の意向があることを伝えます。その上で、検察官が、それを被害者に伝言して、被害者が、連絡を取ることに応じれば、連絡先を伝える、という流れになります。
このとき、被害者からすれば、加害者に自分の住所氏名を伝えたくありません。特に性犯罪であればなおのことです
したがって、この時の連絡先や氏名などは、弁護人限りということで伝えられます。
被害者からすれば、加害者の弁護人というのは「敵」です。ですが、その敵であっても、弁護士であれば、不当に秘密を漏らすことはない、そういう信用があるから、示談交渉が成立する、というわけです。
仮に、この信用がないと、示談が出来ない、それは、加害者はもちろん、被害者にとっても被害回復が困難になる、仮にしようとすれば、個人情報を加害者に知られることを覚悟でやる、という必要が生じてきます。
不当な弁護士広告が横行した場合、市民の信用は、その弁護士個人だけではなくて、弁護士全体についても、低下します。
そういうことが続きますと、弁護士の業務そのものにも大きな差し支えが生じてしまう、というわけです。

弁護士業務広告が解禁されてから大分時間が経ちました。
いまや弁護士広告は珍しいものではない,むしろ目にしない日はないかもしれません。

さて,広告の中には,「●●専門弁護士」とか「●●に強い弁護士」などの表現が散見されます。
ただ,●●に強いは多いけれども,●●専門弁護士という表現はあまり見ないかも知れません。

これは,どういう理由から何でしょうか。

まとめ
①「●●専門弁護士」と名乗ることは,差し控えるべきであるというのが,日本弁護士連合会の指針である。
②「●●に強い弁護士」と名乗ることについては,①のような規制はない。
③「●●に強い弁護士」は,基本的に自称なので,利用者が自分で判断する必要がある。
④③にあたっては,過去の実績,著作や講演(特に専門家向け)の有無や量が参考になるが,絶対ではない。

1.弁護士の広告と規制
弁護士の広告においては,日本弁護士連合会(日弁連)がルールを定めています。日本には弁護士自治という制度があり,弁護士の監督や指導については,国家の関与が原則として排除され,弁護士会が行うことになっています(なお,勘違いされやすいのですが,弁護士会が決めるといっても,弁護士だけで決めるのではなく,多くの場面で,弁護士以外の法曹つまり裁判官や検察官が,あるいは学識経験者も関与する場面があります。さらに,あえて非法曹だけで判断される場面も設定されています。)。
そこで,弁護士としては,弁護士会のルールを守らないといけません。

2.●●専門弁護士という表現は,原則として控えるべきとされている
「●●専門弁護士」という表現については,日弁連「業務広告に関する指針」が,次のように定めています。

客観性が担保されないまま専門家、専門分野等の 表示を許すことは、誤導のおそれがあり、国民の利益を害し、ひいては弁護士等に対する国民の信頼を損なうおそれがあるものであり、表示を控えるのが望ましい。

これは,どういうことかというと,弁護士には専門医認定制度のような専門認定制度がないので,自称●●専門を許すと,誤解をさせるおそれがある,だから,「表示を控えるのが望ましい」とされているのです。

3.「●●に強い弁護士」という表現は,特に禁止されていない
専門表示は「控えるのが望ましい」とされている一方で,「●●に強い弁護士」,もっといえば,何かに優れているという表現は,一律に禁止されている,というわけではありません
もちろん,虚偽の広告や,あるいは,裏付け・証明の出来ない広告は禁止されています。ですから,一定の根拠は必要になる,と考えられています。

4.専門表示が駄目だから「●●に強い表示」が流行した(?)
以上,要するに,優秀性を示すためには,●●専門弁護士と名乗るが一番なのでしょうが,それについては控えるべきであるとの「指針」があるため,代替手段として「●●に強い」という表現が流行したのではないかと思います。あるいは,専門というと限定されているように読めてしまうので,その点にも配慮したのかも知れません

5.「●●に強い」には要注意
「●●に強い」というのは,基本的に自称です。根拠があやふやなケースもあります。
また,実際に,私が見聞きする範囲でも強い強いとウェブサイトで連呼して自称しているにもかかわらず,基本的な手続き等について知らない(!)とか,「(自称)●●に強い弁護士に依頼したのだけれども,全然動いてくれなくて困っている」という趣旨の相談を弁護士として受けるということもありました(もっと酷いのもありますが,さすがにここでは,そこまで書く気にはなれません。)。

ベテランの弁護士から,「本当に『強い』弁護士は,ネットでわざわざ『●●に強い』などと自称しないだろう」と指摘されたこともありますが,全面的にその通りでないにしても,そういう側面はあるかも知れません。

こういうことが続いたので,私は,極力「●●に強い弁護士」というような自称はしないように気をつけています。

もちろん,こういうケースは一部でしょうが,「●●に強い弁護士」という表現は,基本的に自称であることには,注意が必要でしょう。

本当に「強い」のか,それは,過去の著作や論文の有無,量,特に同じ専門家である弁護士向けの著作や講演等があるのかどうかを確認するなどの方法も考えられます
もっとも,それでも判断が難しい場面はあると思います。最終的には専門認定制度が整備されるべきでしょうし,それが難しければ,利用者の方で,複数の弁護士に相談してみるとか,そういう工夫が必要になってくるのではないかと思います。

第二東京弁護士会の倫理研修の講師をしてきました。担当は,非弁提携問題と弁護士広告でした。

弁護士には,弁護士自治という制度があります。かなり大雑把にいうと,弁護士は,業務について国の監督を受けない,監督をするのは弁護士の集まりである弁護士会である,というものです。

弁護士は,利用者との情報格差が大きい,重要な権利や財産に関与する,紛争や司法権の行使に関与する,影響を与えるということで,職務上,高度の倫理が求められます。

それを担保するために,弁護士には,倫理研修の受講が義務づけられています。

もっとも,倫理研修の在り方については,実効性の観点からもいろいろな議論があります。
(そのうち,論考を掲載したいと思っています)

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