弁護士 深澤諭史のブログ

弁護士 深澤諭史(第二東京弁護士会 所属)のブログです。 相談等の問い合わせは, i@atlaw.jp もしくは 03-6435-9560 までお願いします。 Twitterのまとめや,友人知人の寄稿なども掲載する予定です。

タグ:弁護士

弁護士のための車選び(二弁フロンティア 2016年3月号)

(・∀・)私の所属する第二東京弁護士会には,「二弁フロンティア」という機関誌があります。
(^ω^)法律実務の雑誌だお。いろいろと実務上,有益な特集も組まれているお。二弁の会員でなくても,弁護士でなくても購読できるお。バックナンバーは二弁の公式サイトから読めるお!
(・∀・)身内を褒めるようでちょっと恐縮ですが,各単位会(弁護士会)の機関誌の中でも,屈指の出来だと思います。
(^ω^)過去には,「こんな代理人弁護士は嫌だ!裁判官に本音アンケートとりました!」という特集もあったお!
(・∀・)いや,それはタイトルが違うでしょう。まあ,内容はそうですけれども。
(^ω^)今回は,話題を呼んだ特集を紹介するお!
(・∀・)弁護士のための車選び(二弁フロンティア 2016年3月号)です。弁護士向けの車を紹介しています。
(^ω^)コンセプトは,コスパの良い,実用的な車の紹介だお!
(・∀・)節税アイテムとして,高級車も紹介しています。
(^ω^)ということで,是非,読んで欲しいお!

弁護士によりますが,ほとんどの弁護士にとって紛争を取り扱う,一方の代理人になって交渉や裁判をすることは,日常業務の一つです。

さて,紛争について相談を受けるとき,特に既に交渉を始めているとか,そこまで行かなくても相手方から最初の通知・請求を受け取った時点であると,精神的負担を訴える相談者は少なくありません

それは至極もっともなことです。そもそも紛争というのは非日常のことです。特に法的なトピックということになると,人生でそうそう何度もあることではありません。更に,紛争・トラブルといったことについて,この社会は,強い忌避感があります。

ですから,紛争当事者が紛争について,それ自体に大きなストレスを抱えてしまうことは,至極自然なことです。

また,紛争というのは,双方に見解の相違があるから生じるものです。相手方の意見,言い分を聞く必要があります。普段,私たちは日常生活で自分の考え,意見を真っ向から否定されることには慣れていません。仕事の現場でそういうことはあるかもしれませんが,通常は,配慮された表現がされます。ですが,交渉の場では,そんな配慮はなく,真っ向から否定されます。

そうすると,一方当事者としては,自分が正しいのに,間違った相手の言い分で否定をされた,という強いストレスを感じることになります。勢い,それが実際にそうであるかどうかは別にしても,内容以前に,無礼であるとか高圧的であるとか,そういう感想まで抱くという事になります。

悪い奴の味方をしている悪い弁護士が,自分に酷い態度を取っているに違いない,などと勘違いして,不合理な逆恨みにつながる事もよくあることです。

これは非常に大きなストレスです。そして,ストレスを感じるだけではなくて,冷静で合理的な判断への大きな支障となります。勢い,特に自分が本人で交渉し,相手方に代理人弁護士が付いているケースでは顕著ですが,そのストレスから免れようとして,感情的な対応,行動をとってしまい,結果的に不利な合意をしてしまう,ということは珍しくありません

また,そうなってしまった場合,間違っている,無礼な相手に自分は譲歩してしまった,得をさせてしまって,自分は損をしてしまった,という事実が残ります

これは事件後も大きなストレスになります。そういう悔しさ・ストレスを忘れることができればいいのですが,そうでない場合は,「自分の思う通り・感情通りにやったのだから,いいのだ」などと,ある意味,自分で自分に言い訳をしながら過ごすということになります。

よく,相手方に代理人弁護士が付いているのに自分はつけないと不利になるといいます。それはそれでその通りなのですが,その原因は交渉技術とか,見通しへの判断の適切さとかだけではありません

弁護士に代理をさせることで,その弁護士を盾にすることができる,ストレス原因から遠ざかれること,それにより,より合理的な判断が可能になるということも,弁護士に代理をさせる大きなメリットです。
逆に紛争を自分で取り扱う場合,更に相手方にだけ弁護士がついている場合,ストレスを抱えるだけではなくて,そのせいで不利な結果になる,それを事後に引きずるというのは,リスクであるといえます。

弁護士を付けるかどうかは,以上の点も考慮して決めるべきでしょう。

ここでいう「和解」とは,裁判上のものを主にいいますが,裁判外でも概ね同様のことはいえると思います。

さて,和解というのは,大雑把にいうと,紛争がある場合において,双方が譲歩をして一定の合意をして紛争をやめることをいいます。
ここでのポイントは,和解は紛争を終わらせることに主眼があり,決して仲直りであるとは限られない,という点です。

さて,私は,それなりの頻度で「セカンドオピニオン」を求められることがあります。既に弁護士に依頼しているのだけれども,これでいいのだろうか?とか,弁護士の意見についての説明,評価を求められるとか,そういう話です。
その中でも「和解」についての話は,相当程度ある印象です。

弁護士から和解を強く勧められているが,これで問題ないのだろうか,というのはさほど珍しい質問ではありません。
和解が適切かどうかは条件次第であり,その条件が適切かどうかは,事件の見通し次第であり,一概にいうことはできません。

ここでは,何故,弁護士は和解を勧めるのか,ということについて説明をします。
なお,裁判所も和解を勧めることは珍しいことではない,むしろ弁護士のそれよりも頻繁でしょうが,ここでは,専ら弁護士が勧める話についてお話しします。

弁護士は何故,和解を勧めるのか。それは,和解は,メリットが多い,リスク回避ができるからです。

和解をしない場合,最終的には裁判所の判決になります。
判決について,大体の見通しは予想は可能ですが,それは確実ではありません。一方で和解は,お互いが条件を出すので,「どういう内容になるのか」は,明らかです。不確実性がないということで,安全なのです。

また,和解成立後も,お互いが不満が残るとはいえ,一応は合意した内容です。ですから,任意に履行してもらえる可能性が,判決のそれよりも高いです。
ですから,判決で勝ったけれども,任意に応じてくれないので,強制執行する必要がある,強制執行で失敗して空手形になる,というリスクを回避することもできます。

また,和解をすれば,その場で解決です時間もコストも節約することができます。個人間の紛争でしたら,それで嫌な思いをする時間も減らすことができます。これは,大きいメリットでしょう。

更に,和解というのは契約の一種ですから,双方の合意があれば,原則としてどんな内容でも決めることができます。
和解であれば秘密を守るとか,金銭以外のなにかをする,しないなども決めることができます。内容によっては,紛争の抜本的解決,更には予防もできるでしょう。

そういうわけで,和解というものは,相当にメリットがあります。だから弁護士は勧めるわけです。

もっとも,当事者としても不満があります。紛争というのは,お互いが正しいと思うから生じるものです。
ですから,正しい自分が間違っている相手方に何故譲歩をしないとならないのか
悪い相手に正しい自分が譲歩するのは,正義に反するのではないか,というものです。

この不満は,全くもっともなもの,正当なものだと思います

ただ,裁判というのは,純粋にどちらが正しいのかを決める手続きではありません
証拠に基づき,事実を認定し,それに法律を適用して,その結果,生じる法律効果を判定するものです。
全く悪いことをしていない人間が病気になるのと同様,たとえば,真実はお金を貸したのに,借主を信用して借用書を作らなかった貸主が,貸付の事実を証明できず,損をするということがあるのです。

裁判で自分の主張が認められない,つまり負けるということは,直ちに,その人が間違っているとか,極論すれば正義に反するとか,そういうことではありません。それは,基本的にはその人が真実として主張する事実が証拠により認定することができなかったということを意味します。

裁判には証拠に基づく事実認定,その事実に法律を適用して法律効果を判断し,判決するという限界があります。
和解というのは,裁判に普段携わっている弁護士だからこそわかる,司法手続きの限界を意識した提案といえます。

弁護士は,裁判,司法手続きの限界をよく知っているからこそ,和解を勧める。このことは,弁護士の意見を聞く上で知っておいた方がいい話です

弁護士は,よく「明らかである」と書面に,特に裁判所に提出する書面に書くことがあります。

ですが,よく同業者間でも話題になりますが「『明らかである』という書くときに限って,『明らか』ではない,証拠関係が苦しいときに,ついつい書いてしまう」という実情もあったり(なかったり)します。

たしかに,たとえば「借した金を返せ」という裁判で,ちゃんとした借用書があれば,あえて「明らかである」って連呼しません。ですが借用書がなくて,振込明細とか被告の言動,金銭の支出とかから,借入れの事実を推認しないといけないときは,思わず「明らかである」と,繰り返し書いてしまいそうになります。

もちろん,こういう表現で,直ちに裁判に有利とか不利な影響はないでしょうが,場合によっては,手の内を見せてしまっていることになりそうで,ちょっと気になります。

子どもや学校の問題に詳しい,淺井健人弁護士(東京弁護士会)からの寄稿です。

第1 いじめの第三者調査委員会とは

 学校の設置者(公立の場合は教育委員会、私立の場合は学校法人)または学校は、いじめによって重大事態が生じた疑いがある場合には、いじめの調査組織を設置します。調査組織は、公平性、中立性が確保された組織が、客観的に事実認定をすることができるよう構成することとされ、一般に、いじめの第三者調査委員会と呼ばれています。

 重大事態とは、

1 いじめにより児童生徒に生命、心身または財産に重大な被害が生じた場合

 たとえば、自殺を企図した場合、身体に重大な障害を負った場合、金品等に重大な被害を被った場合、精神性の疾患を発症した場合などが想定されています。

 軽症で済んだものの自殺を企図した場合や、多くの生徒の前でズボンと下着を脱がされ裸にされた場合、スマートフォンを水に浸けられ壊されたといったケースでも重大事態として取り扱われたことがあります。

2 いじめにより児童生徒が相当期間学校を欠席することを余儀なくされた場合

 相当期間は年間30日が目安とされていますが、あくまでも目安であり、欠席が続く場合はより短い期間での設置も想定され、実際に30日より短い期間で重大事態として扱われた例もあります。

いじめとは

 何らかの関係がある子どもから、心身の苦痛を感じさせられる行為をされた場合は、「いじめ」にあたるとされています。

 法律では、

①児童等に対して、

②当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う

③心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、

④当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの

とされています。

第2 調査の目的

 いじめの第三者調査委員会は、学校の設置者及び学校が事実に向き合うことで、事案の全容解明、当該事態への対処や、同種の事態の発生防止を図るためのものとされ、民事・刑事上の責任追及やその他の争訟等への対応を直接の目的とするものではないとされています。

第3 調査について

 いじめの第三者調査委員会は、児童生徒や教職員に対していじめの事実関係や学校の設置者及び学校の対応等について、アンケート調査や聴き取り調査を行います。

 調査においては、学校いじめ防止基本方針に基づく対応は適切に行われていたか、学校いじめ対策組織の役割は果たされていたか、学校のいじめ防止プログラムや早期発見・事案対処のマニュアルはどのような内容で、適切に運用され機能していたかなどについて、分析を行います。

 いじめの第三者調査委員会は、いじめがあったかどうか、いじめと重大事態との間に因果関係があったかどうかなどを分析・評価したうえで、再発防止策を検討します。

 調査結果については、公立の場合は当該地方公共団体の長に、私立の場合は当該学校を所轄する都道府県知事に報告されます。

 調査結果の公表については、学校の設置者及び学校が事案の内容や重大性、被害児童生徒・保護者の意向、公表した場合の児童生徒への影響等を総合的に勘案して判断しますが、特段の支障がなければ公表することが望ましいとされています。

第4 再調査について

 報告を受けた地方公共団体の長や都道府県知事などは、重大事態への対処または再発防止のために必要があるとき(調査不十分であるときや調査委員の公平性、中立性に疑義がある場合など)は、調査の結果について、新たに第三者調査委員会を設けるなどして再調査を行うことができるとされています。

◯青森中2生徒自殺のいじめの第三者調査委員会について

 報道(https://mainichi.jp/articles/20180716/k00/00m/040/066000c)によると、2016年8月に中2生徒が自殺した問題については、市教育委員会設置の市いじめ防止対策審議会が2017年3月に報告書案をまとめたものの、遺族側が見直しを求めた結果、2017年5月末、報告書の答申をしないまま全員が任期満了で退任し、2017年12月に新たなメンバーで調査が再開されました。

その結果、2018年8月2日、自殺の主要な原因はいじめであったとする報告書が答申されました。

 答申前に遺族が見直しを求めた結果、事実上の再調査が行われた本件は、イレギュラーな流れですが、遺族および遺族代理人の強い思いと粘り強い働きかけが功を奏したケースといえるでしょう。


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