前回、前々回の記事に、かなり質問が寄せられました。
質問を踏まえまして、解説を追加します。
おさらい
- 逮捕勾留は処罰ではなくて、証拠隠滅や逃亡の防止のために行われる。
- 上級国民は逃亡や証拠隠滅で失うものが大きい(とされる)ので、あえてしないという期待がある。
- したがって、逮捕勾留はされにくいという傾向がある。
- 他に、過失犯は法定刑が軽いなどの他の要因も組み合わさっている。
- もう少し実質的に逃亡や証拠隠滅の現実的可能性を判断して逮捕勾留に慎重になるべきという意見がある
上級国民は逮捕勾留で有利でこれは超重要
犯罪を犯しても、特に初犯で刑務所に行くということは、なかなかありません。
通常は、罰金刑ないし執行猶予付き懲役刑、ということになります。
そうなると、被疑者(拘束の有無を問わず犯罪の嫌疑をかけられている人)・被告人(起訴されて刑事裁判の当事者になっている人)にとって、刑事裁判における一番の苦痛、負担というのは、判決そのものではなくて、その前の逮捕勾留ということになります。
拘束されるだけでも大変な苦痛ですが、それで職業を失う、学校を留年するなどの負担も課せられることもあり得ます。
この一番の苦痛、負担を負わずに済むということは、とても重要であるといえます。
逮捕勾留を免れるということはその後の裁判でも有利
逮捕勾留されないということは、その後の裁判を有利に進めるためにも非常に重要で有利なことです。
認めている事件であろうと、なかろうと、刑事裁判には相当の準備が必要です。
弁護人がいるといっても、方針の最後の決定は被告人本人がしますし、事件について一番詳しいのは被疑者、被告人です。
そうすると、被疑者、被告人と弁護人とは打ち合わせを重ねる必要があります。
拘束されていると、弁護人は、一々、留置場や拘置所に赴く必要がありますが、釈放されていればそういう必要はありません。電子メールなどを駆使することもできます。
こういうと語弊がありますが、あえていえば、「上級国民は刑事裁判でも有利」といえてしまうと思います。
上級国民は保釈でも有利:制度の説明
上級国民といえども、逮捕勾留されることはあります。
ここで、保釈について少し説明します。かなり大雑把にいうと、刑事事件の手続きは、次のような流れで進みます。
- 捜査が行われる。
- 逮捕され、その後に勾留される。捜査も並行して続く。
- (起訴前の)勾留は最大20日間まで。
- 検察官が起訴(裁判所に訴え出ること)する。そして、その時点での勾留中の場合は、3の制限が外れて裁判が終わるまで勾留ができる。
- 裁判が始まり、判決が出る。
かなり乱暴なまとめですが、このような流れになります。
要するに、裁判が始まる前の勾留は20日間が上限で、その期間中に起訴をしないといけない、起訴すれば、その期間制限が外れて勾留を続けられる、ということです。
そのかわり、「保釈」という制度があります。ポイントは、保釈は起訴後つまり裁判にならないとできない、ということです。要するに、起訴後勾留は20日間制限がないので、そのかわりに、保釈制度がある、ということです。
保釈は、これも大雑把にいうと、保釈保証金というお金を裁判所に納めることと引き換えに釈放してもらう、ただし、色々と条件がつき、それに違反する保釈金が没取(ぼっしゅ。とられること。)されるというものです。要するに、お金を担保に釈放してもらう制度です。担保ですので、違反をせずに裁判が終われば、保釈金は返還されます。
もちろん、証拠隠滅の可能性が高いなどの場合は、認められないこともあります。
また、保釈金の金額は、逃亡の抑止になるよう、被告人の財産などを考慮して決定されます。
上級国民は保釈でも有利:その理由
上級国民は、証拠隠滅の可能性が低いと評価されやすいという話をしました。
保釈の許可においてもこれは考慮されますので、上級国民は、保釈されやすく、つまり保釈でも有利ということになります。
それだけではありません。上級国民には財産がありますから、保釈金の用意においても有利です。せっかく保釈が許可されても保釈金が用意できなければ、保釈はされません。
上級国民は財産がありますので、保釈金の用意も可能でしょう。もちろん、財産状態も考慮されますので、上級国民の保釈金は高額になるでしょうが、問題なく過ごせば、全額返還されますので、大きな問題ではありません。
そして、逆に財産がない(上級国民ではない。)と保釈は難しくなります。先程、保釈金は財産状況も考慮されると説明しました。
そうなると、財産がないのであれば、保釈金も安くなるので大丈夫そうに思えます。
しかし、実際にはそうではありません。法律上、保釈金には上限も下限もありません。実際にも保釈金には上限はありません。ですが、下限はあり、概ね150万円程度となっています(もっとも、これより安い例に接したことはあります。)。
今日日、150万円を現金で用意出来る人は限られているでしょう。保釈においても、上級国民は一般国民より有利であるといえます。
なお、保釈金については、立て替えを受ける方法もありますが、「手数料」が必要になります。
上級国民は判決でも有利
上級国民は判決でも有利です。
すなわち、すでに見てきたように、釈放されているというのは、裁判準備において有利です。
準備が十分にできれば、裁判でも有利になります。
また、量刑(刑の重さのこと。あるいは、刑の重さを決めること。)においても有利です。
事件により、失職する、資格を失うなど、それまでの地位と立場を失うことがあることは、上級国民であってもなくてもかわりありません(しかし、逮捕勾留されないことで、それを免れる上級国民も多いかもしれません。)。
ですが、上級国民は、それまでの地位が高いので「失うものが大きい」です。そうなると、量刑においても、「失職するなど社会的制裁を受けている」などということで、有利な量刑を得ることができます。
また、財産があれば、被害弁償をして示談をすることも可能になりますし、これはかなり有利な情状となります。
事実を争う事件においても、調査や鑑定のために十分なコストを費やすことができ、その点でも上級国民は有利です。
上級国民は自分や家族で弁護人をつけることができるので有利
国選弁護という制度があり、お金がなくても弁護人をつけることは可能です。
しかし、国選弁護は、自分でどの弁護士がいいとか選ぶことは、基本的にできません。
また、裁判前かつ身柄拘束されていない場合には、国選弁護はつきません(なお、未だに起訴後でないと国選弁護がつかないとか、「原則として起訴後」というような解説がありますが、不正確だと思います。)。
弁護士費用を用意できる上級国民であれば、自分や家族が、自分の希望や方針に合致した弁護士を選ぶことができます。これは大きな強みと言えるでしょう。
もちろん、国選弁護だから弁護の質が低いというわけではありません。国選弁護人も私選弁護人と同じ権限、そして責任を負います。
しかしながら、国選弁護は十分な報酬が支給されていないだけではなく、コピー代等実費すら十分に出ません。一面において、弁護士が頑張れば頑張るほど損をする、弁護士の心を全力で折りにいくという逆インセンティブ報酬制と評価できるような制度が採用されています。もちろん、それでもほとんどの弁護士は熱心に弁護士しますし、赤字になることも厭いません(私もそういう経験があります。)。
ただ、弁護士の自己犠牲の良心に頼り切った制度であり、さらに弁護士が選べない(つまり信頼関係が作れないリスクもある。)ことも相まって、不安を感じてしまうのはやむを得ない面もあると思います。
なお、私選弁護人をつけている、ということは、逃亡や証拠隠滅の可能性を減じる事情にもなりえます。
これは、自分で選んだ弁護士であるから弁護士との高度の信頼関係と弁護士による監督が期待できるためです(もっとも、これには反対意見も多いと思います。)。
また、わざわざお金を出して弁護士をつけておいて、逃亡したりはしないだろう、ということも、常識的に考えられることです。
実際に、私の経験上も、時効間近の法定刑の重い犯罪について私選弁護人が2名というケースで、裁判所が、弁護人をつけていることを指摘して勾留を認めなかった事例や、弁護人の監督を理由(条件)に保釈を許可してもらった事例があります。
やっぱりこれは大問題
以上、いろいろと解説してきましたが、由々しき事態であるとおもっています。
以前の記事でも解説しましたが、逮捕勾留の判断にあたっては、もっと実質的に、現実的な逃亡の可能性、証拠隠滅の可能性を検討するべきですし、保釈においても同様です(そもそも、保釈されて逃亡や証拠隠滅で保釈金が没取されたケースは稀です。)。特に、保釈金の下限については、検討の余地は大いにあると思います。
要するに、上級国民に対する対応が、不十分とはいえ、本来の刑事裁判、刑事司法に近づいているだけであって、真に問題にすべきは、市民全体に対する扱いです。
さらに、国選弁護においても、少なくとも労力比例、そして実費はしっかりと出るような制度改革は喫緊の課題であると思います。
経済的事情で、刑事司法が、ひいては正義が左右されることがあってはなりません。
なお、私たち弁護士は、以上について手をこまねいているわけではなく、日本中の弁護士が出し合ったお金で、無料で逮捕直後に弁護士を呼べる「当番弁護士制度」や、刑事被疑者弁護報酬の支援、再審の支援などもおこなっています。弁護士全体が、莫大な費用と労力を費やして、刑事司法の改善に努力を続けています。
かつては、国選弁護人は、裁判が始まるまでつかなかった(したがって、裁判が始まるまで、漫然と身柄の拘束が続けられてしまう結果、不利な調書が作られるなど、冤罪の温床にもなりかねない状態になっていました。)時代もありました。ですが、以上の弁護士会の活動も功を奏し、今日では裁判前でも国選弁護人がつくようになりました。