弁護士 深澤諭史のブログ

弁護士 深澤諭史(第二東京弁護士会 所属)のブログです。 相談等の問い合わせは,氏名住所を明記の上 i@atlaw.jp もしくは 03-6435-9560 までお願いします(恐縮ですが返事はお約束できません。)。 Twitterのまとめや,友人知人の寄稿なども掲載する予定です。

カテゴリ: ネット発信者側

趣旨,留意事項については「【発信者側・非開示】物的証拠のない暴言に関する投稿について,発信者情報開示請求裁判で非開示にできた事例」のとおりです。

会社の同僚について悪口を投稿する,ということはよくあることです。「バカ」「アホ」「クズ」など,いろいろです。
最近は,このような投稿でも発信者情報開示請求が認容される例が増えていますが,適切に反論することで,非開示にすることも可能です。なお,こういう投稿について,発信者情報開示請求を認めるか,認めないかは,議論があるところだと思っています。

【事例2】会社の従業員について,社名と苗字を明記した上で「最悪」等と投稿した事例
投稿内容→会社の従業員について,苗字(なお,同一スレッドにおいてフルネームも存在する。)とともに「最悪」と述べた
裁判結果→侮蔑的であるが,この程度で違法であるとまではいえない。したがって非開示。

こういう悪口について,発信者情報開示請求が認められるかは,一つの論点です。
具体的な悪事などを述べないケースでも侮蔑的な表現については,発信者情報開示請求が認められるケースもあります。
ただ,このあたりは,いろいろと判断が揺れている,言葉だけではなくて周辺事情も考慮するので,一刀両断に判断することはできません

本件では,社名と苗字では特定出来ないと反論しましたが,さすがに,その反論は通りませんでした。
ただ,主戦場は,この程度の記載では違法ではないでしょう,という点です。
この点については,類似の裁判例などを詳しく引用しながら反論し,侮蔑的,要するに侮辱であることは裁判所は認めつつも,結論として,発信者情報開示請求を認めない,という結論を得ることができました。 

なお,この時点では,多数の同様の投稿について発信者情報開示請求がされており,「馬鹿」等と記載するものもありました。ですが,私が担当したこの投稿1件以外は,いずれも開示されるという結論になっています。
これはどんな民事裁判でもそうですが,双方の主張立証,反論が大事である,裁判所はそれに基づき判断する,という好例ともいえると思います。 

ここでは,実際に私が発信者側(プロバイダ含む)で取り扱った案件で,裁判で非開示の結論を得ることのできた事例を紹介します。
なお,事案はぼかし,原意を損ねない限度で改変・再構成していますが,いずれも資料の裏付け・根拠ある実際の案件で,かつ裁判になったものです(裁判外請求は非開示になるケースが通常であり,先例として価値が高いとはいえないため)。

ネット上の表現トラブル,発信者情報開示請求については,いろいろとネット上でも情報があります。
ただ,あまり投稿者側の情報というのがあまりないようですので,記載した次第です(なお,専門書ですがインターネット権利侵害 削除請求・発信者情報開示請求“後”の法的対応Q&Aで投稿者側の弁護(賠償交渉や発信者情報開示に係る意見照会書への回答書の作成方法など)についても触れています。また,一般向けには,双方の立場から解説したものとしてネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)をご覧ください。)。 


【事例1】飲食店のオーナーが顧客について動物の餌を食べさせている等の趣旨の否定的な言動をし,録音や証言も無かったが,真実性についての証明に成功して非開示にできた事例
投稿内容→この飲食店のオーナーは,自分の店で出しているのは動物のエサのような食べ物であるが,自分の客は底辺なので,それで充分だという趣旨の発言を,従業員にしていた。
裁判結果→名誉毀損ではあるが,真実でないとまではいえない。発信者情報開示請求に係る意見照会書への回答は,信用出来ないともいえない。したがって非開示。


発信者として開示を争う場合は,発信者情報開示請求に係る意見照会書への回答に,説得力のある主張をし,証拠を付ける,ということになります。

そして,この種の投稿においては,その投稿で名誉権が侵害されていないと主張するか,あるいは,侵害しても適法である,と主張することになります。社会の正当な関心事であり,少なくとも相当な根拠があれば適法,ということになります。通常の名誉毀損では,この相当な根拠の立証責任は発信者にあります。しかし,発信者情報開示請求においては,「嘘である」と原告・請求者が主張立証する責任があります。つまり,発信者からすると,「真実でないとまではいえない。」という程度でよい,ということになります。もちろん,「本当です!」と言い張るだけでは不十分で,開示を阻むことはできません

本件では,客に対するかなり否定的な言葉を従業員に述べていた,というものです。
飲食店でこの発言はかなり重大なことですので,名誉毀損ではない,と主張することは難しく,現に裁判所も名誉権侵害を認めています。
ただ,飲食店オーナーの客に関する言動というのは,社会の正当な関心事です。ですから,これについて,真実か,少なくとも相当な根拠の立証があれば,発信者情報開示請求を阻むことはできます。

問題はその証拠ですが,都合良く録音があるというわけではありません。

この案件は,発言の有無が問題になるのに第三者の証言もなく,もちろん録音もないということで,証拠の確保にかなり苦労しました。ですが,情況証拠も含めて詳細にまとめ,説得的な主張を工夫し,また発信者情報開示請求の類似の裁判例,証明の程度などについて持論を主張することで,無事に不開示の判決が下されました

最初にまとめをおいておきます。
  1. まず,落ち着きましょう
  2. これが来たからといってあなたの投稿が違法であると確定したわけではありません。開示になると決まったわけでもありません。
  3. 「言葉」だけで決まる問題ではありません。私が投稿者を担当した事件でも,ここには書けないような汚い悪口でも非開示なったケースは複数あります。
  4. 仮にあなたの投稿が違法であるとしても,相手の言い分が全て通るわけでもなければ,いいなりになる必要があるわけではありません。
  5. 最近は,SLAPP訴訟(恫喝訴訟)のようなケースも増えていますので,あなたが悪いと確定した訳ではありません。ただし,SLAPPと決めつけて自分で対処すると痛い目に遭いかねません。SLAPPだからこそ,巧妙であったりします。
  6. 刑事事件になる可能性もありますが,それはよっぽど悪質なものに限られます(ただし,最近は,そのハードルは下がっているので注意は必要です。)。
  7. 回答期限は延長してもらえるケースがほとんどです。「弁護士に相談している」といえば,なおさらです。まずは延長してもらって落ち着いて考えましょう
  8. 弁護士にはすぐに相談に行きましょう。ギリギリですとうまくいきません。最悪なのが延長してもらってその期限も目前の段階でいくケースです。
  9. 不安なあなたはデマに弱くなっています。それは仕方の無いことですが,「ネットde真実」に目覚めて罠にはまらないでください。
  10. ネットで都合の良い情報をかき集めるのはよしましょう
  11. 自分で回答書を作成するなら,「プラス」より「マイナス」に気をつけましょう。最近,これを発信者に不利な証拠に使う・使われるケースが増えています。
  12. 「示談は不利」はデマです。不利な示談はありますが,示談が不利な訳ではありません。
  13. 「金額は判例で決まる」はデマです。そんな都合のいい判例はありません。似たような悪口なのに1件当たり30倍以上の差がついたことがあります(ただし30倍になったのは本人訴訟なので一般化できません。)。
  14. 「本人訴訟で,せいぜい20万30万円で済む」というのもデマです。これはあり得ないわけではないですが,発信者情報開示請求を経由したネット上の表現トラブルで,かつ,被告本人訴訟に絞ると最近のものでは50万円以下はほぼ見当たらず,平均値は100万円程度です(個別判断ですので,この数字は絶対視すべきではないですが。)。
  15. 「裁判所は判例に従って公平に判断するから本人訴訟で大丈夫」もデマです。もしそうなら,前記の様な大差がつくわけありません。すこし訴訟法を勉強すれば分かりますが,「公平に判断する」から本人訴訟にリスクがあるのです。本人訴訟するなとはいいませんが,弁護士であっても自分の事件は弁護士を頼むことが普通です。
  16. 「名誉毀損と違ってプライバシー侵害は安心」はデマです。確かにプライバシー侵害は犯罪になりませんが,ネット上のプライバシー侵害は名誉毀損につながりやすいので分離はできないですし,賠償金はプライバシー侵害の方が高くなるケースもあり得ます。
  17. 「裁判外請求だから開示はあり得ない」もデマです。プロバイダと権利によっては開示されますので先例が重要です。
  18. 「自分に都合の良い情報→ネットde真実に目覚めた!」「自分に都合の悪い情報→工作員の仕業だ!」という思考に陥らないようにしましょう。完全にカルトと同じ心理状況で,判断を誤ったり騙されたりして危険です。
  19. この種事件の限りませんが,とにかく,狼狽して相手の言い分通りに応じることが1番に,そしてネット上の都合の良いだけのデマを信じ込むのが2番目に不利益なことです。まずは落ち着きましょう。
最近,「発信情報開示に係る意見照会書がとどいた」という相談が,特に個人の方から殺到しています。
基本的に,個人の方の相談ですので,初回無料の電話相談を実施していますが(念のため,都合等により承れないこともあります。) ,皆さん,かなり不安が大きい,ネットのデマに乗せられている,ということも多く,相談にたどり着けない人も多いのではないかと思います。

この問題については,ネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)において,請求者(被害者であるとは限らないので,こういう言い方をしています。)と投稿者の双方の立場で,特にネット上の誤解・デマを中心に解説しました。
また,弁護士向けの専門書として,これらの問題,経験を踏まえて「インターネット権利侵害 削除請求・発信者情報開示請求“後”の法的対応Q&A」という本も出させて頂きました。

ただ,前者は長文ですし,後者はあくまで弁護士向けの書籍です。
そこで,ひとまず落ち着くのが大事ということで,冒頭にまとめました。不安が強いと,不利な内容で和解(示談)してしまったり,「ネットde真実の法律情報に目覚めました!」みたいにデマと心中する羽目になります。

冒頭にあるとおり,とにかく落ち着くこと,そして,これはどんな事件でもそうですが,紛争の渦中にあること,しかもそうなった直後というのは,一番判断力が低下しています。ネットのデマの餌食になりやすい,そのことを頭に入れておくだけでも,大分リスクは軽減出来ます。

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