弁護士 深澤諭史のブログ

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カテゴリ: 法律

行政書士に、慰謝料請求の内容証明郵便を依頼するというケースに接することがあります。

これについては、弁護士法上の問題がありまして、無資格の弁護士活動となる可能性があります。

これは交渉すればもちろんですが、交渉に至らない書面の作成であっても、非弁行為になる場合があります。ただ、今回はそれについて詳しくは解説しません。

今回は、非弁行為以前の問題について語ります。 


行政書士に慰謝料請求の内容証明郵便を依頼することは、非弁云々の問題以前に、まったくの有害無益です。
 
こういうこというと、特定の資格の意義を軽視しているとか、いろいろと勘違いされますが、そもそも資格の役割の内外の問題です(もっというと、私は行政書士の業務範囲について、近時の裁判例よりも広くとらえる解釈を支持しており、その前提で執筆もしています。)。
 

慰謝料請求とは何か、慰謝料とは何か、そういう基本的な法的知識、そして交渉のルール、考え方といったものをごく簡単にでも知っていれば、行政書士として慰謝料請求の内容証明郵便の作成は受任しないでしょう。
 

仮に受任するとすれば、そのあたりを知っていながらもあえて受任しているか、もしくは知らずに受任しているか、のどちらかである可能性が高いと思います。


さて、法的に何らかの請求をする書面を送るというのは、交渉の1つです。そして交渉というのは、お互いがお互いの希望を出し合って、それぞれに説得する材料を出し合い、お互いがお互いのリスクを考えながら、その上で、お互いが合意を目指して活動する、というものです。
 

とりあえず威勢のいいこといっておけばいいとか、そういうものではありません。議論と口喧嘩が違うのと全く同じことです。

非弁業者が作成した書面の中には、とりあえず恫喝的文言をずらずら並べているものもしばしばありますが、全く無意味なことです。


さて、なぜ行政書士が受任した慰謝料請求の内容証明郵便が、無駄なのでしょうか。


それは、その請求に応じるメリットが、受け取った方に全くないからです。

それを受け取って、相手の言い値通りにお金を支払ったところで、こちら側は何の得にもなりません。お金が出ていくだけだからです。

また交渉して、その一部を支払うにしても、そのお金が出ていくだけで、こちら側としては、何のメリットもありません。何の得にもなりません。


「それは、弁護士が作成して代理して送付する内容証明郵便でも同じではないか」と思うかもしれません。しかし決定的に違います。
行政書士の場合は、それを断ったところで、その後で訴訟提起して代理するという事はできないからです。裁判をされない限りは、少なくとも法的に支払いを強制される事はありません。だから無視しても何の問題もない、ということになります
もちろん、そのあとで本人訴訟するとか、弁護士に依頼するかもしれません。でも、問題は自分の考えではありません。受け手がどう思うかというと、やはり上記のようになります。


一方で弁護士(+簡易裁判所における認定司法書士)の場合には、交渉がまとまらなければ、裁判で代理して請求をする、と言うこともできます。そうなると、交渉して裁判前に解決することができれば、お互いに裁判のためのコストを節約できるというメリットがあります。要するにお互いに、交渉するメリットがあるということです。

特に慰謝料請求は、金額の予想、算定が難しく、裁判されるかもしれないことを前提とした交渉では、お互いに譲歩の余地・動機があります。

もっとわかりやすくいえば、 交渉が決裂すれば、裁判のためのコストと、結果も正確には読めないリスク(慰謝料事案で顕著です。)の2つを抱えます。交渉であれば、このコストとリスクは負担せずに済みます。そうなると、条件が折り合えば、自分の希望と離れていても、コストとリスクを回避する代償として譲歩の余地があるということです。


さらに、弁護士ではなくて行政書士から書面が届いているという事は、相手方には、裁判をする意思がない、ということがわかります。仮に裁判をする気があっても、受け取った方としては、そう考えざるをえません。何度もいいますが、交渉とは主に相手方の問題なのです。自分のお気持ちではありません


そうなると、法的措置がどうこうなどと、威勢の良い言葉がたくさん並んでいても、それは結局、口だけであるだろう、ということになります。ますます、交渉に応じるメリットはなくなる、ということです。


以上、要するに慰謝料請求する内容証明郵便を、行政書士に依頼して出した時点で、こちら側は、裁判までやる覚悟がない、と相手に教えてしまう、私の請求は無視してもかまいませんよ、というようなメッセージを発信してしまうということです。ですから百害あって一理なし、ということが言えるわけです。
ひょっとしたら、無視したらリスクがあるかもしれません。でも、それは相手に伝わらないと意味がないのです。交渉とはそういうものです

それでは、行政書士に文面を依頼するが、名義は自分で出して、行政書士に依頼したことがわからないような書面にした場合はどうでしょうか

結局、それでも上記と同じようなことがいえます。受け取った人が弁護士に相談をすれば、そのあたりはバレる可能性があります。

仮にそうならなくても、内容証明郵便という滅多に使わない郵便の作成に至っても弁護士に依頼しない、そうなると、「この人は裁判までやる気なさそうだな」ということで足元を見られることになります。


もちろん、最初は弁護士に頼まないで、自分あるいは行政書士に依頼して内容証明郵便を出して、応じない時点で弁護士に依頼して訴訟、ということもあるかもしれません。
しかし、問題は相手方の認識です。自分は本当に裁判する気があっても、それが相手に伝わらないと意味がありません
内容証明郵便を出す、という段階に至っても弁護士を依頼しない人が、果たして裁判をする気があるのだろうか、と疑われるリスクはあります。そして、こちらの裁判への覚悟が伝わらなければ、譲歩する動機も生じません。

交渉の勝敗は、自分ではなくて相手方が決めるものです。交渉においては、自分(の依頼者)ではなくて、相手方のことこそよく考えないといけません。 

書籍が非常に充実し、あるいはインターネットでいろいろ調べられる時代です。

でも、私は「法学部・法科大学院・法律系資格受験指導校で学ぶ意味」は、とても大きいと思っています。
いろいろ理由はありますが、一番大きいのは、必然的に体系的に学べる、ということだと思っています。
もっと噛み砕いていうと、自分が必要であると思っている、興味があるという部分に限らず、必要・重要な部分を網羅的に学ぶことができる、ということです。

たとえば、特定の社会問題について興味をもち、その結果、それと関係のある法律分野に興味を持ったケース、あるいは、自分自身が法律問題に巻き込まれて、それで特定の法分野に興味を持ったケースでは、勉強したり調べたりするのは、自分が必要だと思う分野に限られます。

しかし、蛇口を壁に突き刺しただけで水は出るようになりません。物事は、全体を用意しないと、正しく機能しません。使い慣れない法律用語を並べることができても、意味のある議論や、知識の運用をすることはできません。

上記のようなケースだと、自分が必要だと思った範囲、正しいと思った内容からしか学ぼうとしません。そうなると、正しく使える法的知識を身につけることはできないということになります。

一方で法学部等で学ぶ場合、カリキュラムは、その道のプロが必要とされる知識を選んで構成しています。ですから、上記のように、必要だと思い込んだ部分だけ、不十分な知識で分かったつもり、使えるようになったと思い込むことを防げるというわけです。

絶対に独学ではダメ、ということを言うつもりはありませんが、法学部等には、以上のような落とし穴にはまることを防ぐ役割があると思っています。


そもそもの問題として、これではないかと思っています。

最近,ネット上の表現トラブルについて,ネットに投稿をしたことが原因で訴訟を起こされた,本人訴訟中であるがどうしたらよいか,という相談を沢山頂いています。 
いくつか,頻出の質問がありますので,相談する人のためにも,しない人のためにも,簡単にまとめました。

まず,期日の回数についてよく聞かれますが,大体,弁護士代理の場合,5回前後のことが多いようです(後に述べるとおり,本人訴訟ですと早めに打ち切られる可能性があります。)。
最近は,もう少し短いかもしれません。 

また,尋問があるかどうかですが,基本的には行われないことが多いです。基本的に投稿の事実については争いがなく,評価が争いになるからです。
ただ,被害の事実については,投稿された側つまり原告について,尋問が必要なケースもあるかもしれません。

金額についてですが,単純な悪口であればいくらとか,犯罪事実であればいくらとか,そういう相場は基本的にありません。損害賠償というのは,行為ではなく,被害つまり結果の問題で決まるからです。
もっとも,投稿の内容から,おおよその賠償額を推定することはできますが,このあたりは,値段表をみて簡単に決められるというものではないです。
相場がないこと,それでも相場類似のものは無くもない(つまりある)こと,判決で重視されるポイントというのはあるのですが,かなり難しい話になります。

次に,通常,原告は発信者情報開示請求を先にしていますので,その弁護士費用実費を請求されることが多いです。
これについては,過去に認めた裁判例は多数ありますが,逆に最近は認めないケースも増えています
ということで,これまた定まっていません。
 
もっとも,認められる・認められない裁判例,それなりの傾向があります。自分の事件がどちらに近いか,ということを見据えて,反論をしていく必要があります。闇雲に裁判例を引用するだけでは,裁判所を説得することは難しいでしょう。

多くの弁護士がいうように,本人訴訟はおすすめできません。できませんが,立証責任は原告にあります
ですから,争うだけでよい被告側であれば,本人訴訟という選択肢もあるかも
しれません(ですが,おすすめできません。)。

ネット投稿者の本人訴訟,それも被告側で注意しなければいけない(誤解のある)ポイントですが,あまり少ない回数で期日を終わらせてはいけない,というところです。

なぜなら原告は,発信者情報開示請求の段階で,よく主張立証を練り上げています。そしてそれは訴状の段階で出ています。 
長時間かけて準備万端に練り上げた主張立証に対して,十分な反論機会もなく,1,2回の期日で終わりにするのは,リスクが高いといえます。ただ,本人訴訟ですと,法的な争いはやりにくいので,そういう訴訟指揮になることも珍しくありません。そうなると,原告訴訟代理人弁護士としては「しめしめ」と思うかもしれません。

それと,認否についても,これはネット事件に限らない本人訴訟で顕著ですが,争うべきではない,争いようの無いところまで否認して争うというのも考え物です。
裁判所は,争点を絞り込んで,重要な部分に集中したいわけですから,余りそうすると,こちらの反論がぼやけるリスクもあります(稀ですが,制裁もあります。)。

最後に,ネット投稿の本人訴訟において,一番のリスクは開示費用の問題かもしれません。
近時の裁判例を見るに,被告側本人訴訟においては,大抵のケースで開示費用が認容されてしまっているからです。法律論について裁判所は拘束されないといっても,やはり,この点の法的反論が不十分(すくなくとも裁判所は「争う」だけで実質的反論はしていないとみなしています。)なせいもあるかもしれません。
弁護士を付ければ,絶対に免れるということではないですが,この部分においては,被告本人訴訟においては,相当に不利な戦いになる可能性があることを,よく理解した方がいいでしょう。

弁護士をやっていると,争い事を扱うということがあります。というか,それはしょっちゅうです。
そして,争い事ということになると,話し合いで決着がつかないのであれば,裁判で解決することになります。ご存じの通り,裁判は弁護士にとってよくある仕事です。

ところで,裁判になるのは,お互いに言い分が違うからです。
そうなると,単なる記憶違い,ということ等は別として,基本的にどちらか一方が嘘をついている,ということになります

そういうわけで裁判では,争いのある事実は,証拠により認定しないといけません。裁判当事者は,自分の言い分が認められるように,頑張って証拠を提出するわけです。

さて,やはり証拠として強いのは書類です。客観性があるからです。契約書であるとか,領収書とか,報告書とか,あと遺言書とかです。
もっとも,さほどたくさんあることではないですが,書類について,嘘,偽造のものが出てくることもあります

そうした場合,弁護士としては,内容の矛盾であるとかそういった点をつくのですが,そう簡単に矛盾する書類は出てきません。また,矛盾というのも主観的な問題です。
もっと客観的な点をつくことができれば,それに越したことありません

そこで大事になってくるのが,作成時期の問題です。作成時期の問題は,内容と比べて,ある程度客観的に判断しやすいので,そこから矛盾を突くことができれば,かなり有力な材料になります。

領収書や印紙等は,実は定期的にデザインが変わっています。また,一般的に書類等の作成に使われる文房具なども,内容やデザインが変わっています。
白いコピー用紙に書かれたものであればともかく,便箋や,ノート,あるいはそれらを入れた封筒,というものは,その書類の真否であるとか,作成時期を特定するのに役に立ちます

よくあるのが,その当時は存在していないデザインの印紙であるとか,領収書が使われたケースです。
またちょっと変わったところでは,文房具類が,その当時は存在しなかったデザインであるとかいうケースもあります。
実際に私も,ある封筒に入った書類の真否が問題になっているケースで,その封筒のデザインが当時は存在しないものであったため,偽造である可能性が指摘された,というケースに触れたことがあります。

他,写真であれば,当時は存在しない建物,製品が写り込むとか,そういうケースもあります。 

もちろん,作成時期の問題は,直ちにその書類の真否を決めるものではありません。
ただ,いつ作ったかどうかという根本的な部分で,間違いがあるのであれば,その信頼性は大いに揺らぐでしょう。その当事者が提出する他の書類,主張の信用性も大きく揺らぐことになりかねません

また,いつ作られたかが,書類の価値において重要な意味合いを持つ場合には,なおさらのことです。例えば遺言書が,その遺言者の死後の時期に書かれたものである,というような証拠が出てくれば,それはかなり信用性が低下する(というより,遺言書であれば,それは偽物,ということになるでしょう。)ということになるでしょう。

この辺,弁護士は鑑定人ではありませんので,すぐに間違いとか,おかしいところに気がつくわけではありません。
ですが,例えば,印紙についてはデザインの変更があるとか,文房具類については,業界団体があって,それに聞けば,このデザインの製造時期はいつであるとかわかるとか,そういう引き出しを持つ,気がつかなくても・気が回る,というのが弁護士にとって大事な技術だ,といえます。

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