ここでは,実際に私が発信者側(プロバイダ含む)で取り扱った案件で,裁判で非開示の結論を得ることのできた事例を紹介します。
なお,事案はぼかし,原意を損ねない限度で改変・再構成していますが,いずれも資料の裏付け・根拠ある実際の案件で,かつ裁判になったものです(裁判外請求は非開示になるケースが通常であり,先例として価値が高いとはいえないため)。

ネット上の表現トラブル,発信者情報開示請求については,いろいろとネット上でも情報があります。
ただ,あまり投稿者側の情報というのがあまりないようですので,記載した次第です(なお,専門書ですがインターネット権利侵害 削除請求・発信者情報開示請求“後”の法的対応Q&Aで投稿者側の弁護(賠償交渉や発信者情報開示に係る意見照会書への回答書の作成方法など)についても触れています。また,一般向けには,双方の立場から解説したものとしてネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)をご覧ください。)。 


【事例1】飲食店のオーナーが顧客について動物の餌を食べさせている等の趣旨の否定的な言動をし,録音や証言も無かったが,真実性についての証明に成功して非開示にできた事例
投稿内容→この飲食店のオーナーは,自分の店で出しているのは動物のエサのような食べ物であるが,自分の客は底辺なので,それで充分だという趣旨の発言を,従業員にしていた。
裁判結果→名誉毀損ではあるが,真実でないとまではいえない。発信者情報開示請求に係る意見照会書への回答は,信用出来ないともいえない。したがって非開示。


発信者として開示を争う場合は,発信者情報開示請求に係る意見照会書への回答に,説得力のある主張をし,証拠を付ける,ということになります。

そして,この種の投稿においては,その投稿で名誉権が侵害されていないと主張するか,あるいは,侵害しても適法である,と主張することになります。社会の正当な関心事であり,少なくとも相当な根拠があれば適法,ということになります。通常の名誉毀損では,この相当な根拠の立証責任は発信者にあります。しかし,発信者情報開示請求においては,「嘘である」と原告・請求者が主張立証する責任があります。つまり,発信者からすると,「真実でないとまではいえない。」という程度でよい,ということになります。もちろん,「本当です!」と言い張るだけでは不十分で,開示を阻むことはできません

本件では,客に対するかなり否定的な言葉を従業員に述べていた,というものです。
飲食店でこの発言はかなり重大なことですので,名誉毀損ではない,と主張することは難しく,現に裁判所も名誉権侵害を認めています。
ただ,飲食店オーナーの客に関する言動というのは,社会の正当な関心事です。ですから,これについて,真実か,少なくとも相当な根拠の立証があれば,発信者情報開示請求を阻むことはできます。

問題はその証拠ですが,都合良く録音があるというわけではありません。

この案件は,発言の有無が問題になるのに第三者の証言もなく,もちろん録音もないということで,証拠の確保にかなり苦労しました。ですが,情況証拠も含めて詳細にまとめ,説得的な主張を工夫し,また発信者情報開示請求の類似の裁判例,証明の程度などについて持論を主張することで,無事に不開示の判決が下されました