今年初めくらいから,「ネット投稿の賠償金は判例で決まる,とききました。この投稿の判例を教えてください。」 という相談が増えました。そして,この相談は,もちろん投稿された側からの相談もあるのですが,投稿をした側の相談の方が非常に多かったです。

結論からいうと,デマといって差し支えありません。すくなくとも,個別具体的な投稿の賠償金を決定するに足りるような「ネット投稿の賠償金判例」というものはありません

それはなぜでしょうか。
まず,賠償制度について説明します。

日本の民事事件の賠償制度は,填補賠償と呼ばれる制度を採用しています。
これはどういうものかというと,実際に生じた損害について,その損害を填補つまり回復,補うのに足りる賠償金が認められる,というものです。

100万円の品物を壊せば100万円の賠償が認められる,ということになります。

このルールは,ネット投稿の賠償金の問題でも変わりありません。この投稿によりどの程度の損害,価値の減少や本来得べかりし利益を損なったか,ということで金額は算定されます。

賠償額においては,基本的に行為の悪質性は問われません
ですから,わざと10万円の品物を壊すことと,ミスで15万円の品物を壊すこと,前者は犯罪になりますので,より悪質であるといえるでしょう。
しかし,賠償金の金額でいうと,それぞれ10万円,15万円となり,後者の方が高額になります。

さて,判例というのは,一定の類型化が可能なもの,普遍化が可能なトピックでないといけません。
ネット投稿の賠償問題でいえば,「発信者情報開示請求に使った弁護士費用は,発信者に損害として請求出来るか」という論点があり,裁判例(最高裁判所以外の判例は,こういう言い方をするのが通例です。)は,肯定説と否定説に別れています。

ですが,ネット投稿の賠償金本体は,そういう類型化はできません。投稿の文言はバラバラです。投稿された場所もバラバラです。更にもっといえば,それにより実際にどういう被害が生じたのか,というのもバラバラです。類型化は不可能です

もう少しわかりやすい例えをすれば,同じ重さ,大きさの石を,窓から人の家に投げ入れた場合の賠償金の問題に似ています。

そのときの賠償金はバラバラでしょう。窓が割れただけであれば,それだけの賠償金です。しかし,家の中に飛び込んだ石が,家具を破壊すればさらに賠償金はあがります。そこに人がいて怪我をしたらどうでしょうか。当たり所が悪かったらどうでしょうか。更に賠償金は引き上がる,ということになります。

賠償金の類型化としては,交通事故についての「赤い本」というものがあります。後遺症であるとか,入通院慰謝料,死亡慰謝料などの金額を列挙したものです。

これはある意味,「賠償金が判例で決まる」ともいえます。
しかしながら,それを決めるには,実際にそういう損害が生じたか,という論点を避けて通ることはできません。

加えて,裁判所が「判例で決める」としても,実務上,当事者がちゃんと主張する必要があります。裁判というのは究極の自己責任の世界です。そして,裁判所は,公平性の観点から,一方当事者のために詳しく調査をしてくれません
「本人訴訟でOK。裁判所はきっと,公平に判断してくれますよね?」なんて質問を受けることも最近増えましたが,それは逆です。
裁判所は公平に判断します。公平に判断するからこそ,あなたの法律上,事実上の主張を勝手に補充したり,善意解釈してくれません

裁判所は公平に判断するからこそ,本人訴訟には上記のリスクがあります。
公平に判断するから本人訴訟でOKということではなくて,公平に判断するからこそ,本人訴訟にはリスクがある,ということです。

大きな差のついた裁判例をあえてあげると,
性的悪口+氏名住所+顔写真の投稿+被告弁護士代理→1件当たりで3万円
性的悪口+被告本人訴訟→1件当たり100万円超
みたいなケースもあり得ます(念のため,欠席裁判ではありません。)。

別に本人訴訟は絶対ダメ,とはいいませんが(おすすめはしません。),せめて,相談には行きましょう。