弁護士 深澤諭史のブログ

弁護士 深澤諭史(第二東京弁護士会 所属)のブログです。 相談等の問い合わせは, i@atlaw.jp もしくは 03-6435-9560 までお願いします。 Twitterのまとめや,友人知人の寄稿なども掲載する予定です。

2018年10月

非弁行為と思しき事業をやっている業者の中には,「交渉すると非弁になるのでしません」とか,あるいは「弁護士が必要なときは弁護士を紹介します」と標榜するようなケースが少なくありません。

ですが,非弁護士が弁護士業務を行うことはできないことはもちろん,弁護士を紹介する業務も弁護士法72条で禁じられています

また,弁護士がそのような者から紹介を受けること,名前を使わせることは,弁護士法27条で禁じられています
更に,弁護士は,弁護士職務基本規程により,弁護士法より更に厳重な規制に服することになっています

あえてここでは,どういう理由で問題があるか,つまびらかにはしません

結論をいえば,非弁行為の疑いのある業者が,「弁護士業務が必要になれば,それはちゃんと弁護士を紹介しますので安心して下さい」というのは決して安心できません

以上のような厳しい規制があるため,そのような紹介は,弁護士法令に違反するリスクが高いからです。

もちろん,全てのケースが違法というわけではありません。ですが,そのあたりの配慮がされていない場合,紋切り型に「弁護士の領域になったら弁護士を紹介するので大丈夫」では,不十分といわざるを得ません。もし,安心できるとすれば,弁護士法令のいかなる条文について,いかなる理由でクリア出来ているか,明示をするべきです

弁護士が行えば非弁/非弁提携にならない,というのは間違いです。特に詳しい説明もなく,弁護士法に触れる疑いのある業務を行う業者,必要に応じて弁護士を紹介すると標榜する業者には,注意が必要です

できる限り,弁護士が必要になれば弁護士を紹介するという業者ではなく,最初から弁護士に相談をすることをお勧めします。

民事訴訟手続というのは,私人間の争いです

それが法人などの団体が当事者になる場合もあるとはいえ,法的には,個人間の紛争です。

個人の権利義務が問題になっているわけですから,前回「欠席裁判のルール:欠席裁判でも被告の行為の違法性を認めたといえるか?」で説明したように,個人の意思が尊重されるとともに,個人の自己責任で遂行されます。

ですから,民事訴訟の弁護士費用は自己負担であり(なお,機会があれば解説しますが,一部に相手方に請求出来るという考えもあります。),その訴訟に費やすコストが捻出できなければ,原則として,権利回復を断念する事になります。

もちろん,それが社会的な正義にかなうかというと,問題があります。
ですから,弁護士の中には手弁当で弁護団を結成して社会的に重要な意義はあるけれども,費用が捻出できない事件を担当するなどして,社会正義の実現(弁護士法1条1項)を目指す動きもあります

もっとも,こういう手弁当では限界があります。各地の弁護士会では,弁護士の支払う会費等を原資に基金を設け,このような事件について支援をするなどの工夫も行われています(私の所属する第二東京弁護士会でも,行っています。)。
ですが,結局は弁護士自身の会費からの支出であり,弁護士といえども霞を食べて生きているわけではないですし,弁護士の家の庭に油田があるわけでもないので,必然的に限界があります。
そういうことで,最近は,カンパを募るという動きもでています。

一方で,これらの「カンパ」においては,もっぱら出捐者が弁護士に限定されてしまう傾向があるという限界もあります。もちろん,そうでないケースもありますが,振込をするとか,やや不便なところも気になります。

最近,注目を集めているのが,社会的に意義があるが充分なコストを依頼者が負担できないという事件について,クラウドファンディングを利用するというものです

クラウドファンディングの説明の詳細は,数ある他のウェブサイトに譲りますが,要するに,一般市民から広く浅く出資を募って,何かの活動をしよう,というものです。裁判で使うのは珍しく,通常は,地域振興とか,何かをどこかに寄付するとか,変わったものでは「個人が旅行/冒険をする」といったものがあります。

昨日,READYFOR株式会社のクラウドファンディングサービスを利用して,「医学部入試における女性差別を認めない。弁護団活動にご支援を。」というクラウドファンディングがスタートしました

話題の医学部入試差別問題ですが,一日足らずで目標金額が達成され,さらに支援が集まりつつあります。

これで,大学の責任を認める法的判断が下されれば,訴訟に参加していない受験生に対して,任意の支払いも期待できるなど,原告以外の利益も大きいでしょう。また,このような行為は許さないという社会的な同意を得る,醸成することにもつながります。要するに,世直し訴訟ともいえるわけです。

さて,実は,本件については,私も協力をしていますクラウドファンディングにおいては,弁護士法令上の抵触の問題が非常に多いです。そして,これに抵触した場合,弁護士には,極めて厳しい処分が下されるのが通例です。そうなると,せっかくの集められた支援も無駄になりかねません。これは支援者を裏切ることになります

報酬分配規制ばかり注目されていますが,それと同等以上に問題になる規制もあります。同種サービスの中には,果たしてちゃんと検討しているのか,疑わしく感じてしまうものも散見されます

弁護士だけではなく,依頼者,出資者も安心して利用できるように,弁護士法令の観点からアドバイスを行いました。このあたりの事情については,「弁護団活動費用をクラウドファンディングで集める意義について(弁護士 草原敦夫 先生)」が紹介して下さっています。

もちろん,「内外の弁護士のアドバイスを受けて,制度設計してOKだった。」だけでは,必ずしも十分ではないという意見があります(また,名前を出さない名無しさん弁護士のアドバイスというのであれば,それは論外でしょう。)。
今後は,ガイドラインの作成,判断根拠と仮定の文書化など,クラウドファンディングが司法インフラを一翼を担うにふさわしくなるよう,必要な協力をしていきたいと思います。

欠席裁判で原告の請求(主張)を認める判決が出た。しかし,これは欠席裁判なので,主張された被告の行為の違法性が認められたわけではない。」という趣旨の言説がネットで話題になっています。

結論から言うと,これは不正確です。少なくとも,「裁判は欠席したら負け」ということだけを知っている一般市民の方に対しては,大いなる誤解を招きかねません

そこで,今日は,欠席裁判について,説明します。

まとめ
① 「裁判に欠席したら敗訴する」ということを直接に定めた法律はない。
② 「争わない事実は,原則その通り認定される」というルールはある。
③ 裁判に欠席すると,事実を争わないことになる結果,相手の言い分通りの事実が認定されて,それに基づいて判決される。
④ 「争わない事実」はそのまま認定されるが,法的評価,法律解釈は,裁判所が独自に決める

1.裁判に欠席したら敗訴する,と直接定めた法律はない
裁判に欠席したら敗訴する,ということをそのまま直接定めた法律はありません
結果的に裁判に欠席すると敗訴するということになるだけです。なお,珍しい例ですが,被告が欠席したのに原告が敗訴するということも理論的にあり得ます。

2.裁判の基本的なルール
民事裁判における基本的なルールは,原告と被告の両当事者が,主張や証拠の主導権を持つ,というものです。これを当事者主義といいます。
また,事実の認定は,当事者双方が主張した事実,提出した証拠に基づくことが原則です。これを弁論主義といいます。
また,争いのある事実は証拠で認定をしていくことになりますが,逆に争いが無い事実については,そのまま認定されます(正確にいうと,この「事実」は全ての事実ではありませんが,細かいので省略します。)。
お互いに争いがないのであれば,裁判所が証拠から認定する必要性は低いです。それよりも,争いのある,つまり争点に限って認定することが適切です。
また,民事上の争いは,基本的に個人の権利義務の争いです。そうであれば,争わないという当事者の意思を尊重することが大事なので,このようなルールになっています。

3.欠席裁判の意味
被告が欠席をした場合,法的には,どのような扱いになるのでしょうか。
裁判においては,初回については答弁書を出すだけでいいなどの例外はありますが,原則として,出頭が求められます。出頭をしないと何かを主張した扱いにはなりません
ですから,欠席をした場合は,なにも主張をしない,相手方の主張する事実についても何も言わない,という扱いになります。
相手方の主張する事実について何も言わない,というのであれば,それは争った,ということになりません。そうすると,相手方つまり原告の主張する事実は,争わない事実,ということになります。したがって,2で説明したように,裁判所は,その通り,つまり原告主張通りの事実を認定します
要するに,欠席すれば敗訴という直接のルールはなくて,欠席すると争わないことになる,争わないと事実がそのまま認定される,だから結果として敗訴する,ということになるわけです。

4.欠席裁判の結果
3の結果として,原告主張の事実は全て認められることになります。
そして,裁判所は,そうであれば証拠を調べたりする必要も(通常は)ないので,審理を終わりにして,直ちに判決をする,ということになります。
この場合,原告の主張する事実は全部その通りと認定されるので,通常であれば,原告の望む判決となります

5.争わないとそのまま認定されるのは事実のみ
争わないとそのまま認定されるものは,事実のみです。法律とか法律解釈,法的評価には及びません
ですから,「1万円を貸した。だから1万円返せ。」という理由で裁判をして欠席裁判になった場合は,1万円の支払いが認められます。これは,貸したお金は返すという法律があるからです。
一方で,「親しい友達である。だから1万円くれ(!)」という裁判の場合,相手方被告が欠席しても1万円の支払いは認められません。
なぜなら,親しい友達であれば1万円払う義務がある(!)なんて法律はないからです。
では,「1000万円の価値のある絵画を被告に壊された。また,この絵画は1000年来の先祖伝来のものなので,精神的苦痛も負った。慰謝料は200万円である。だから,1000万円+200万円で1200万円払え」という事件で,被告が欠席したらどうでしょうか。
絵画が1000万円であることについて争いがないので,基本的にそのまま認定されます。与えた損害は賠償しろという法律もありますので,1000万円については認められるでしょう。
では,慰謝料についてはどうでしょうか。1000年来の先祖伝来のものであることについては,争いがないので,そのまま認定されるでしょう。ですが,1000年来の先祖伝来の物が壊されたから慰謝料が発生するかという法的な問題をどう判断するかについては,裁判所は拘束されません。また,慰謝料がいくらになるかについても,法的評価なので,裁判所は拘束されません。
ですから,残り200万円については,どれくらい認められるかは,裁判所の裁量になります。
以上のとおり,裁判所は,欠席裁判においては原告の主張する事実には拘束されます。ですが,その事実の法的評価,つまり原告の主張する事実が被告との関係で違法といえるのかどうか,いえるとしても,どの程度の損害が生じたかどうかは,その裁量で判断します
ですから,欠席裁判の場合,原告主張通りの事実は真実である,といえるかは微妙ですが,原告主張の事実は被告にとの関係で違法であるとか,その程度の賠償に値するとかは,裁判所がちゃんと審理した結論であるといえます。
なお,その関係で,欠席裁判であっても慰謝料の金額については,原告の請求額満額が認められないこともあります。請求額は上限になってしまうので,むしろ,これは通常のことであり,原告の請求が過大とか,そういうことは意味しません。

弁護士によりますが,ほとんどの弁護士にとって紛争を取り扱う,一方の代理人になって交渉や裁判をすることは,日常業務の一つです。

さて,紛争について相談を受けるとき,特に既に交渉を始めているとか,そこまで行かなくても相手方から最初の通知・請求を受け取った時点であると,精神的負担を訴える相談者は少なくありません

それは至極もっともなことです。そもそも紛争というのは非日常のことです。特に法的なトピックということになると,人生でそうそう何度もあることではありません。更に,紛争・トラブルといったことについて,この社会は,強い忌避感があります。

ですから,紛争当事者が紛争について,それ自体に大きなストレスを抱えてしまうことは,至極自然なことです。

また,紛争というのは,双方に見解の相違があるから生じるものです。相手方の意見,言い分を聞く必要があります。普段,私たちは日常生活で自分の考え,意見を真っ向から否定されることには慣れていません。仕事の現場でそういうことはあるかもしれませんが,通常は,配慮された表現がされます。ですが,交渉の場では,そんな配慮はなく,真っ向から否定されます。

そうすると,一方当事者としては,自分が正しいのに,間違った相手の言い分で否定をされた,という強いストレスを感じることになります。勢い,それが実際にそうであるかどうかは別にしても,内容以前に,無礼であるとか高圧的であるとか,そういう感想まで抱くという事になります。

悪い奴の味方をしている悪い弁護士が,自分に酷い態度を取っているに違いない,などと勘違いして,不合理な逆恨みにつながる事もよくあることです。

これは非常に大きなストレスです。そして,ストレスを感じるだけではなくて,冷静で合理的な判断への大きな支障となります。勢い,特に自分が本人で交渉し,相手方に代理人弁護士が付いているケースでは顕著ですが,そのストレスから免れようとして,感情的な対応,行動をとってしまい,結果的に不利な合意をしてしまう,ということは珍しくありません

また,そうなってしまった場合,間違っている,無礼な相手に自分は譲歩してしまった,得をさせてしまって,自分は損をしてしまった,という事実が残ります

これは事件後も大きなストレスになります。そういう悔しさ・ストレスを忘れることができればいいのですが,そうでない場合は,「自分の思う通り・感情通りにやったのだから,いいのだ」などと,ある意味,自分で自分に言い訳をしながら過ごすということになります。

よく,相手方に代理人弁護士が付いているのに自分はつけないと不利になるといいます。それはそれでその通りなのですが,その原因は交渉技術とか,見通しへの判断の適切さとかだけではありません

弁護士に代理をさせることで,その弁護士を盾にすることができる,ストレス原因から遠ざかれること,それにより,より合理的な判断が可能になるということも,弁護士に代理をさせる大きなメリットです。
逆に紛争を自分で取り扱う場合,更に相手方にだけ弁護士がついている場合,ストレスを抱えるだけではなくて,そのせいで不利な結果になる,それを事後に引きずるというのは,リスクであるといえます。

弁護士を付けるかどうかは,以上の点も考慮して決めるべきでしょう。

私は,インターネットの表現問題,投稿により被害を受けた方だけではなく,投稿をした方からの相談,発信者情報開示請求に係る意見照会書を受け取った方からの相談を多く担当しています。

そんな中で,しばしば誤解がある点について,主に表現内容の観点からまとめてみました。

以下は,あくまで一般論である他,いわゆる「限度」の問題もあります。ですが,相談者のかなり多くの方から共通して質問され,あるいは解説を必要とするトピックです。

なお,「表現に関するネットトラブルの神話」も参考にして下さい。

① 法的に事実といった場合,真否を問わず具体的な事実を示す事が多い。

② 本当の事実については,区別して真実ということが多い。

③ 名誉毀損は,投稿の対象者の社会的評価を低下させれば成立する。

④ ③について,原則として,真否は問題にならない。隠していた真実を明らかにされても,社会的評価つまり名誉が傷つけられることには変わりはないから。

⑤  ④では,社会の正当な関心事で,かつ,真実であることの証明,根拠があれば,例外的に適法化される。

⑥ ⑤について,ネットの噂話とか,他にも沢山の投稿が,とかでは,これを満たさない。

⑦ ⑥が原則だが,発信者情報開示請求と,それに対する発信者情報開示請求に係る意見照会書での反論では,また別ルールが適用され,反論の余地がある。

⑧ プライバシーについても,④と同様である。そもそも,プライバシーは,真実であれば,余計傷口が広がるので当然のことである。ただし,④のルールも適用される。ただ,プライバシーが社会の正当な関心事といえることは珍しい(属性によっては十分にあり)。

⑨  ③について,悪口の類など,単に読み手あるいは対象者の感情(名誉感情)を害するだけでは,違法と判断されにくい。もっとも,程度問題はあるが,発信者情報開示請求では,消極に判断される(ただし,安易に開示・違法性を認める裁判官もあるので,ちゃんと主張が必要である。)。

⑩  よくいわれることであるが,表現の自由は批判されない自由ではない

⑪  限度はあるが,基本的に他人の表現を見て不愉快な思いをしないで済む自由というものはない。表現の自由を許容している社会では,不愉快な表現に触れることは甘受すべきである。

⑫  日常生活で自分の意見を否定される,批判される経験がないと,⑩について,意見ではなくて自分が否定されたと勘違いしてヒステリーを起こすケースはネットではよくある。勝手に自分宛だと思い込むことすらある。しかし,法的にはもちろん,事実上も,あまりよろしくない(恥ずかしい)ことなので,冷静になるべき

⑬  名誉毀損やプライバシー侵害の賠償額(慰謝料)については,最近は傾向が変化している。匿名発信について発信者情報開示請求(特定)に使った弁護士費用の負担についても同様である。書籍・ネットの情報と実務が乖離しているので弁護士によく相談(弁護士も古い書籍情報に依存していることもあるので,可能であればソースを確認)すべし

⑭  ネット上の表現問題について,ネットで法律情報を探すことには気をつけるべし。他の分野と比べて,非常に情報の正確性が劣る(参考:インターネット上の法律情報の注意点)。

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