前回の「「上級国民だから逮捕されない」は弁護士から見ても本当と思う理由」については、多くの方に読んでいただきました。
また、いくつかご質問、疑問も頂戴しました。
*裁判に関する解説も追加しました→ 「『上級国民』は刑事裁判で有利」と弁護士が思う理由

SNS等の削除という事情

いろいろとありますが、特に多かったのは、これはあくまで報道ベースの話にすぎませんが、「事故直後にSNS等の削除を依頼していたのだから、証拠隠滅をしているのではないか。だから、証拠隠滅を疑うに足りる相当な理由はあるのではないか。」というものです。

この点について、やはり釈然としない、というのは健全な市民感情として、もっともな話だと思いますので、すこし説明を付加したいと思います。

それでも、これらの事実を逮捕勾留の理由にすることは難しい

一見ごもっともな話ですが、実は、これは、

①逮捕や勾留の理由になるような証拠隠滅にはあたらないし、

②また、SNS以外にも証拠隠滅の可能性はなさそう、

ということで、やはり逮捕勾留の理由とすることは、難しいのではないか、と思います。

順を追って説明しましょう。

罪証隠滅の「証拠」とは?

逮捕勾留の理由としての証拠隠滅は、もっと正確に言えば罪証隠滅、つまり、あらゆるなんらかの証拠という意味ではなくて、犯罪に関する証拠に限定されます。
この犯罪に関する証拠というのは、たとえば殺人事件であれば、凶器であるとか、血のついた着衣、遺体、また、被害者と被疑者との関係を知る人の供述とか、そういったものがあります。
また、それだけではなく、犯罪の証明に直接必要ではないが、情状つまり、被害者が従前、被疑者に暴力を振るっていて、命に関わる暴行もされていたとか、そういう事情も含まれます

SNS等の削除は、罪証隠滅といいにくい(①)

証拠の問題を交通事故について考えてみると、次のような証拠が想定されます。
すなわち、①加害車両、②被害車両・被害者の状況、③現場の遺留物、それに④ドライブレコーダーがあればそれ、⑤目撃者の目撃供述、さらに⑥周囲の監視カメラの映像も重要な証拠でしょう。⑦実況見分調書なども大事です
また、⑧被疑者の過去の運転歴、違反歴、⑨任意保険の加入条件、高齢であれば⑩健康状態に関する資料(カルテ)も大事でしょう。

これらは、いずれも、過失運転致死傷の罪体(犯罪の本体)や情状に関する重要な証拠です。

一方で、SNSに、たとえば事件が飲酒運転であり、その直前に「ビール5杯飲みました!」などと投稿をしているのであれば別格、普段の日記などであれば、犯罪とはなんらの関係もありません。犯罪の情状にも関係がありません。メディアの中には、被疑者の「人となり」を知るためにSNSを調べる傾向がありますが、それは、犯罪の成否、軽重にかかわるものではありません。
SNSの内容で、犯罪になったりならなかったり、あるいは、軽くなったり重たくなったりすることは、通常はあまり考えられません。

ですから、犯罪の証拠ではないから、罪証隠滅ではない、だからこそ、逮捕勾留の理由にすることは難しいのではないか、と思います。

SNS以外の証拠も隠滅し難い(②)

さらに、「SNS等の削除が証拠隠滅ではないとしても、何かを消したことに間違いはない。そうなると、やはり犯罪の証拠も削除するのではないか?そう疑うべきではないか?」という意見もあり得ます。

ですが、本件では、そもそも証拠隠滅それ自体が困難です。
先程、いくつか証拠を列挙しました。①②③④は、いずれも直ちに捜査機関が確保しています。まさか被疑者が警察に忍び込んで廃棄するなんてことは、現実的に無理でしょう。
さらに、⑤についていえば、周囲の目撃者は顔見知りではないでしょうし、どこの誰かわからない全員について、いちいち口裏わせを依頼することも無理というほかありません。
⑥もじきに確保されますし、被疑者がその存否をすべて把握することも不可能です。⑦は警察が作成して保存しますので、同じく手を触れることもできません。
⑧⑨⑩は関係機関に問い合わせればわかりますし、これを書き換えることも現実的ではありません。
つまり、本件に限りませんが、事案によるとはいえ、一般的に交通事故は、証拠隠滅が非常に難しい事件(違反者のなりすまし、飲酒運転などは除くとして)です。
この点からも、逮捕勾留をしない理由になります

なぜ、SNS等の削除がこんなに問題視されたのか

これは、証拠隠滅の文脈というより、通常、事件の被疑者は、SNSをはじめとするプライベートの資料がメディアにより公開されて、「人となり(!)」を大きく報道される傾向があります。
私はこれ自体、とても賛同できないのですが、これが一種の制裁になっていることは、間違いないでしょう。
つまり、今回、報道によれば疑われている行為があり、それで一つの制裁手段がなくなって、そして、メインの制裁である逮捕勾留もされていない、ということで、世間の一部からの反感をより強く買ってしまった、つまり「普段の制裁はなぜないのか!できないのか!」ということになってしまったのではないか、と思います。

ただ、以上の事情は、いわゆる「上級国民」と言われる人でなくても同じことです。ですから、本来の慎重な対応で、なぜ統一できないのか、そういう疑問は残ると思います。
そして、これは、大きな問題だと思っています。