よくネットで耳にする話

よくネットで、地方裁判所の判決について、自分の感情に合致しないからといって「所詮は地裁だし」という言動がままみられます
これは、要するに、地方裁判所は、高等裁判所、そして最高裁判所より「下」の裁判所であり、しかも、通常は第一審の裁判所(簡易裁判所も家庭裁判所もありますが)から、二軍みたいなイメージが持たれているようです。

これは裁判所に限ったことではなく、弁護士も、特定の人たちにとって都合が悪い仕事をしていると、「そんな仕事はダメな・売れない弁護士しかやらない」みたいな言動がありますが、それと同種であるといえるかもしれません(自分に都合の悪いことをする連中や劣悪な連中だと思い込みたいというのは、自然な心理です。)。

地裁は質が低いのか?

さて、こういう議論は正しいのでしょうか?
賢明な読者諸氏にはお答えするまでもないですが、もちろん間違っています

もちろん、ここの裁判官の資質の問題もありますので、絶対に正しい・間違っているという趣旨ではないですが、基本的に地裁だから能力が劣っているとか、そういうことはありません

地方裁判所の重要性

確かに、高等裁判所には、地方裁判所より経験豊富な裁判官が配置されます。ですが、一方で、地方裁判所の裁判長にも、経験豊富な裁判官が配置されます
地方裁判所が未熟な裁判官で溢れているかといえば、決してそういうことはありません。また、職制上、一人で通常訴訟を担当するには、原則として10年、例外でも5年のキャリアが要求されます(なお、この原則と例外は運用上逆転していて5年が原則です。)。

また、実質的に考えても、地方裁判所は、(簡易裁判所が第一審でない限りは)一番最初に証拠に触れる仕事です。
イメージするとわかりやすいと思いますが、最初に当事者が供述する裁判所でもあります。高等裁判所は、それを書き取った調書を読むだけですが、地方裁判所は、生身の人間に触れます。高等裁判所でも供述をさせることはありますが、それは多くの場合「2回目」あるいは「やり直し」にすぎません。
ですから、重要な裁判所ですし、「二軍裁判所」なんてとんでもない話です。裁判所も、その前提で人材を配置しているはずです。

そういうわけで、個別の裁判官の資質を別にすれば、類型的に地方裁判所の質が低いという議論は誤りだと思います。

控訴のルール

さて、それでも、地方裁判所の判決に納得がいかない、誤りがあるという場合は、控訴という手続きで、高等裁判所で争うということになります。
この場合、地方裁判所での審理との関係はどうなるのでしょうか?
スポーツの再試合みたいに、やり直しになるのでしょうか?
実は、この関係には、3種類ほどの考え方があります。①覆審制、②続審制、③事後審制、というものです。

①覆審制とは、裁判を1からやり直すというものです。控訴というと、みなさんこういうイメージがあるでしょうが、現行法の通常訴訟では、こういう考えは採用されていません。
第一審が軽視される、無駄になる、生身の人間の初回の供述を無視することになるからです。2回目ですと、反対尋問を予想していろいろ対策も可能になるからです。
無駄が多いし、不合理でもあるからです。
スポーツでいえば、再試合でしょう。
②続審制とは、これまでの証拠や主張を引き継いで、さらに、新しい証拠があればそれを採用して、さらに審理を続行し、改めて判決するという仕組みです。
これは、民事訴訟において採用されている考えです。なお、実際には、裁判所の裁量で、あまり証拠採用しないケースもあります。
「自分だったらどう判決するか」という考えに結びつきやすく、さらに新しい主張立証もあるので、③よりはひっくり返りやすい仕組みであるともいえます。
スポーツでいえば、延長試合と例えられると思います。
③事後審制とは、これまでの証拠や主張を引き継ぎますが、審理の対象は事件というより、原審の判決である、という形式です。
新しい証拠提出は原則としてできません。第一審の結果をみて、その判決が合理的かどうか、ということで判断します。
これは、刑事訴訟において採用されている考えです。
ですから、一般的に刑事訴訟においては、控訴審でひっくり返る可能性は高くはないといわれています。同じ証拠関係が維持されるからです。
もっとも、実際には、特に検察官が控訴した場合、大量に証拠採用されるなどして、事実上の続審になっている、などと批判されています。
スポーツでいえば、試合終了後に写真判定をするとか、そういう形式であるといえます。

まとめ

  1. 地方裁判所は二軍裁判所ではない。むしろ重要だし、それにふさわしい人材配置が望まれ、現にされている。
  2. 控訴のルールは、民事事件では延長戦、刑事事件では、事後判定というのが原則の考え方