他人間の紛争に、インターネットを利用して介入をする、それでトラブルになるという例が最近増えているように感じます

これは、具体的にはどういうことかというと、XさんとYさんが争っている、そのことがネットなどで公知の事実になっている場合、XさんあるいはYさんのどちらの味方をする、支援をするというような行為です。
 

もちろん、こういう行為自体が、直ちに問題になる、違法になるわけでありません。もとより表現の自由というものがありますし、紛争そして社会問題について意見を述べたり、あるいは支援をしたりする行為は、健全な市民社会においては、必要であることもあるでしょう。

しかし、これがきっかけで、自分が紛争に巻き込まれてしまう、あるいは、参加することになってしまう、ということも珍しくありません。事実、私も、ネット上で、紛争について投稿したり、支援したり関与したりした行為について、違法であるとして責任を追及された、という相談を受けることは少なくありません。
 

実際にどういう行為が問題になるかというと、たとえば、Xさんの味方をしたいあまり、Yさんのことが憎くて憎くてたまらなくなって誹謗中傷やプライバシー侵害をしたり、フェイクニュースの拡散に協力してしまったり、などです

そんなことそうそうないでしょう、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、珍しくありません。実際に相談を受けてみると、なんらの利害関係もない、恨みもないのに、二人の紛争に興味を持っていくうちに、のめり込んで違法行為に及んでしまうということは、本当によくあることです
 

なぜ、こうしたことが起きるのでしょうか?

それは、紛争というものの性質に基づくのではないかと思います。紛争というのは、感情的な対立を多くの場合は含みます。双方は感情的になっていることも多いですし、さらに、紛争状態にあるというストレスは相当なものです(少し話はそれますが、だからこそ、代理人になった弁護士は、それを理解する、和らげる、依頼者と一体化してヒステリックな振る舞いや書面を出して足元を見られて依頼者を不利にしない等が求められます。)。

紛争により感情的になってしまうということは、紛争当事者ほどではないにしても、なんらかの形で、最初は興味本位で紛争に触れよう、そして介入しようとした人についてもいえます。
 

こんなことがあるんだ、面白い、楽しい、興味深い、ということから始まって、いつしか、ああ、こいつは許せない、悪いやつなんだ、もっともっと運動して倒そう、私(たち)は、大事な運動に参加している、という気持ちになります。最終的には、紛争当事者のストレス、感情が乗り移ってしまい、まるで当事者あるいはそれに準じる者のように振る舞い、ついつい、違法な行為に及んでしまう、そこまでいかなくても、見境なく「こんな大事な問題があるのに、貴様はなんで協力しないんだ!」とか、あるいは「あいつの味方をするなんて許せない!同罪だ!」いうような気分にすらなってしまいます
 

よく酔っ払ってSNSをやるな、といいます。ですが、アルコールだけではなく、感情、特に自分が義憤だと思っているその怒りの感情は、アルコール以上に酔わせるものであること、よくよく注意をすることが大事です。